最新記事
動物

ピーター・シンガー『動物の解放』から50年...「動物の権利」の今、そして改訂版出版へ

2023年6月9日(金)11時30分
ピーター・シンガー(米プリンストン大学生命倫理学教授)
養鶏所

飼育環境の改善も見られるが、鶏の「苦しみ」は消えていない PAULA BRONSTEIN/GETTY IMAGES

<現代の動物愛護運動の引き金と評された『動物の解放』。この50年で動物の権利、動物愛護の考え方はどう変わり、変わっていないのか?>

50年前、私たち人間の動物の扱い方は間違っていると主張する筆者の最初の論考が、ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス誌に掲載された。

その2年後に出版した拙著『動物の解放』(邦訳・人文書院)は、現代の動物愛護運動の引き金になったと評された。

同書では倫理的な議論と、私たちが動物にしていることの現実を提示し、前者は50年近く反論に耐えてきた。

同じような考え方は今、多くの哲学者に支持され、その中には筆者の功利主義的立場とは全く異なる見解を持つ人もいる。

カント派のクリスティーン・コースガード、フェミニスト哲学者のキャロル・アダムズ、アリス・クレアリー、動物の権利について社会契約的な視点を持つマーク・ローランズ、アリストテレス的な考えのマーサ・ヌスバウムなどだ。

一方、『動物の解放』における現実描写は長らく更新されずにきた。そこで、1年半前に同書の全面的な更新と改訂に着手し、今年6月に『動物の解放の今(Animal Liberation Now)』というタイトルで出版することになった。

新刊ともいえるこの本を執筆するに当たり、避けられなかった疑問がある。1975年以降、私たちの動物に対する考え方、扱い方は進歩したのかということだ。

動物虐待を懸念する人は多いが、その対象は主に、世界に約8億4000万匹いるペットの犬と猫だ。

その数は、食用として劣悪な環境で飼育される約2000億の脊椎動物に比べればはるかに少ない。人間が管理する動物の生死を客観的に評価すれば、ペットの扱われ方よりも、集約飼育される家畜の福祉のほうが重大だ。

狭い場所で食用に飼育されている脊椎動物のうち、約1240億の個体が魚類だ。魚類が痛みを感じることは実証されており、それを無視することは正当化できない。

さらに、毎年4600億~1兆1000億匹もの魚が海で捕獲され、粉砕されて魚粉となり、肉食魚類の餌となっている。

魚の次に消費される数が多い脊椎動物が鶏だ。一般的に約2万羽を収容する大きな小屋で、年間約700億羽が飼育され、殺される。

現在の鶏は早く成長するよう育てられているため、足の骨が未熟で体重を支えることができず、生存期間の最後の5分の1は慢性的な痛みを伴うといわれる。

ビジネス
栄養価の高い「どじょう」を休耕田で養殖し、来たるべき日本の食糧危機に立ち向かう
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中