分断と戦争の時代の今こそ観るべき『ぼくたちの哲学教室』 子供たちが教えてくれる、「憎しみの連鎖」の乗り越え方
YOUNG PLATOS
マカリーヴィー校長は子供たちのどんな意見も尊重し、予想外の答えを楽しみながら対話する ©SOILSIÚ FILMS, AISLING PRODUCTIONS, CLIN D’OEIL FILMS, ZADIG PRODUCTIONS, MMXXI
<北アイルランド紛争の記憶と分断が残るベルファストの小学校で、哲学の授業を通して対話をうながす名物校長の大いなる挑戦を描いたドキュメンタリー>
「他人に怒りをぶつけてもいいか?」――舞台は英領北アイルランドの都市ベルファストにある、ホーリークロス男子小学校。校長のケヴィン・マカリーヴィーがそう問いかけると、子供たちは手を挙げ、「賛成」「反対」の意見を次々と出していく。この、校長自ら行う「哲学教室」に密着したドキュメンタリー『ぼくたちの哲学教室』が、5月27日から全国で順次公開中だ。
ホーリークロス男子小学校がある地域は、かつて北アイルランド紛争の「戦場」だった。1960年代後半から、アイルランドとの統一を求めるカトリックとイギリスへの帰属維持を望むプロテスタントの間で対立が激化。テロや英軍の弾圧で約3500人の死者を出した紛争は、98年の和平合意後も人々の心や街並みに癒えない傷を残している。
カトリック系のこの小学校の周囲には、今も「平和の壁」と言われる分離壁がそびえ立つ。この一帯には紛争終結後も政府による支援が届かず、貧困や犯罪、薬物が蔓延。青少年の自殺も後を絶たない。
映画は、小学校で突如、非常ベルが鳴り響くシーンを映し出す。学校の校門に、南北アイルランドの統一を掲げるリパブリカン派が爆弾を仕掛けたからだ。避難する子供たちの表情には不安がにじむ。自身も暴力と隣り合わせで育ったというマカリーヴィーが、不穏な日常から子供たちを救う手だてとして考案したのが、哲学の授業だった。
4月に来日した彼は、「子供たちには、私のときとは違う体験をさせたかった」と語る。紛争下で育った自分は、青少年期に怒りをコントロールできずにいた。どうすれば暗闇から抜け出せるか、考えることを教えてくれる大人もいなかった。だが、「暴力は暴力しか生まない」。
戦争が続く今だから
冒頭の問いかけに、子供たちからは「やり返さなければやられるだけ」という意見もあれば、「殴らずに仲直りする」という声もある。どんな意見も、授業では決して否定しない。「なぜそう考えるのか?」と問いを重ねながら、自分の頭で思考させていく。
ある日の授業で、児童が「2つは全く違う人種だ。カトリックはアイルランド人で、プロテスタントはイギリス人。どっちも違う国だし言葉も違う」と発言するシーンがある。マカリーヴィーは、「つまり政治や宗教、文化が違えば、一つにはなれない?」と問う。
すると別の児童が言う。「みんな同じ一つの家族だ。このクラスの誰に聞いてもおばさんとか親戚の中に絶対プロテスタントがいると思う」──。
この地域では、大人も紛争の記憶のトラウマを抱えている。自分の子供に、やられたらやり返せと教える親もいる。でも、本当にそれでいいの? マカリーヴィーは子供たちに向き合い、「疑問に思え。でも、と問い返せ」と諭す。
報道によれば、いまウクライナではロシアに対して憎しみを持つ子供が多い。暴力は次世代に連鎖する。マカリーヴィーと共に来日したナーサ・ニ・キアナン監督は、分断の時代に哲学が持つ意味をこう語った。「重要なのは相手を知ろうとすることだ。ロシアの子供もウクライナの子供も、疑問を持ち、問いかけることが必要だ」。
壁を越えるための一歩は、思考し、相手を知ろうとすることから始まる。
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