知られざる「補助犬用トイレ」の現状──パートナーと一心同体の補助犬も外出先で排泄の場を必要としている
そもそも当事者は補助犬用トイレを求めているのか。公開研究会に参加したアイメイト(盲導犬)使用者で全国障害学生支援センター事務局長の殿岡栄子さんは、新しいアイメイトが「ワン、ツー」の指示で確実に排泄してくれるまでに「経験上半年から1年はかかる」としたうえで、こう語る。「犬だって人に見られたらいい気分で排泄できません。最もリラックスできる状態でさせないといけないのです。だから、なるべく人目につかない場所を探すのですが、土も草も少ない都会で私たち視覚障害者が適切な場所を見つけるのは至難の業です」。
もし、主要な外出先に補助犬用トイレが用意されていれば、 このように"ワンツー場所"を求めてさまようことは少なくなるだろう。そうした観点からも、やはり補助犬用トイレの整備は必要とされているのだ。
理想は屋外トイレ?
盲導犬の場合、外出先では屋外の道路ぎわの植え込み、駐車場の片隅の草むらなどなるべく迷惑にならない場所を探してさせることが多い。もちろん、尿は水で流し、糞は拾って持ち帰る。道にペットシーツを広げてその上でさせたり、「マナーベルト」という装具を使ってビニール袋に排泄させる人もいる。ちなみに、日本には盲導犬育成団体だけで11もあり、団体によって指導・推奨する方法が違ううえ個人の裁量に任されている部分もあり、どの方法が最適かは議論の余地がある。
「協会によって排泄のスタイルは違いますが、どんなスタイルであったとしても、排泄に困る状態を作ってはいけないと思います。犬と人が安心して排泄できるのが一番」と殿岡さん。そのうえで、「できれば屋外の方が自然の摂理から言って排泄しやすい」と言う。それを、殿岡さんに続いて公開研究会に登壇した公益財団法人日本補助犬協会代表理事の朴善子さんは次のように解説した。「犬には、先祖のオオカミの頃から受け継がれた本能として、巣穴を汚さないよう外で排泄したいという欲求があります。野生の本能にまで遡らなくても、盲導犬は大型犬(日本ではほとんどがラブラドール・レトリーバー)なので、小型犬のように室内でペットシーツにさせるのは現実的ではありません。そのため、多くの盲導犬は"屋外派"。自宅でも裏庭やベランダの一角を利用する人が多いです」。
「人目につきにくい屋外」がベストな条件だとするならば、床面が自然に近い芝生や土で、塀で囲うなど人目につきにくい工夫をした屋外トイレが理想的と言えよう。そこに必要なのは、尿を流す水道設備。糞を捨てる汚物入れか水洗設備もあった方がいい。雨の日でも濡れないよう屋根があるとなお嬉しい。たとえば、筆者が見た都心のある大手企業がアイメイト使用者の社員のために用意したトイレスペースは、裏口近くの屋外空間を利用。床面は人工的な素材であるものの、犬を回すのに十分なスペースがあり、ホースの水で排水溝に流せるようになっていて、屋根もついていた。これなど既存の空間を利用するだけでも使い勝手が良いものが作れる好例である。
ちなみに、動物福祉先進国と言われる欧米諸国では、ペットもほとんどが屋外派だ。犬の排泄に適した土地が十分にあり、排泄物に対する忌避感が日本よりも薄く、そもそも犬の社会参加に寛容だという文化的背景が大きい。とはいえ、欧米に比べて住宅事情が悪く町中の緑も少ない日本では、屋外スペースの確保はなかなか難しい。屋内型の専用トイレの新設とともに、多機能トイレの活用も当面の現実的な手段だと言えよう。
各国オリパラ会場の補助犬用トイレ事情
開放的な「屋外型」がベターとするならば、2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック、続く2016年リオデジャネイロ大会の会場に設置されたトイレには高評価を与えて良いと思う。朴さんによる公開研究会での事例紹介によれば、ロンドンでは、スタジアムの客席からアクセスの良い場所に、ウッドチップを敷き詰めた塀で囲った屋外トイレを設置。水道設備と汚物入れがあり、日中の簡易清掃に加え、夜間に毎日ウッドチップを交換した。リオでは、芝生をフェンスで囲ったドッグランに近いシンプルなトイレを用意した。
一方、東京大会では新国立競技場に、屋内と屋外に2カ所を設置。屋外トイレは建物の壁に沿った半屋外のような立地で、床面は土や芝ではないが一部に人工芝を敷いた。また、別の国内の事例として、国体会場脇の屋外トイレも紹介された。土の上に2m四方ほどのブルーシートを敷き、三角コーンで囲った簡易的なもので、中央にペットシートのセットが「ご自由にお使いください」という感じでポンと置かれていた。これについて、「たとえ土の上でも地面には直接排泄させないという強い意志が表れていたように思う」と朴さん。これら内外の事例からは、犬の排泄に対する日本と諸外国の文化の違いが感じられる。