最新記事

ウクライナ情勢

犠牲になっても、今なおロシアを美化してすがる住民たち──言語、宗教、経済...ウクライナ東部の複雑な背景とは

LIVING UNDER SIEGE

2023年2月24日(金)18時44分
尾崎孝史(映像制作者、写真家)

230228p30_TRP_08.jpg

支援物資を受け取るバフムートの住民(1月13日) TAKASHI OZAKI

「家族は?」と問うたゲナディーに、「10月に2歳になったばかりの娘がいる。妻に電話をしたら気丈に受け答えしてくれた」とアリは言う。そして最後にこうつぶやいた。「平和がいい、平和がいい、なんて言う奴が多いけど、クソ食らえだ」

これほどまでに追い込まれた状況の下、宗教者は武器を取ることについてどう考えるべきか。この夜、地元の宗教関係者とゲナディーたちが意見を交わす機会があった。集まった場所はスラビャンスクにあるドブラヤベスティ教会。

外観にはウクライナでよく見かける正教会のシンボル、金色のドームがない。マリウポリ聖職者大隊のメンバーが所属していたグッド・チェンジ教会と同じプロテスタント系の教会だ。

9人の牧師を前にゲナディーが語り始めた。「私はクリスチャンたるもの武器を取るべきではないと考えていた。しかし今、自分の信念を変えるべきときだと感じている」

ウクライナ西部から支援に来ていたラッセルが応える。「ゲナディー、そんな簡単な話じゃないんだ。頭が凝り固まった人たちを変えようということなんだから」

ゲナディーが言う。「軍に支援物資を運ぶ私のことを見て、『彼は平和主義者でなくなった』と嘆いていた牧師もいたよ」

「マイダン革命のときは、デモに集まった人たちにパンや水を運んだだけで『なぜそこに行ったんだ』と拳を上げて抗議されたものだ」と、ラッセルが10年前のことを振り返る。

別の牧師がこう話す。「私たち、プロテスタントの教会はずっと平和主義だった。『牧師が兵役のため前線に行くことは許されるのか』と問いつめてくる信者もいる。この戦争に向き合うため、宗教界の基本原則を見直さないといけない」

前線近くにいるウクライナの人々の間では、兵士は街や家族を守ってくれるものという考えが広がっている。兵士に親近感を持ってもらうため、迷彩柄の軍服を着て支援活動をする教会関係者もいる。

包囲寸前のバフムートへ

いま最も支援が求められているのが、アリが傷を負ったバフムートだ。遠征の最終日となる1月13日、私たちは支援物資を補給してそこを目指した。この頃は人口のおよそ1割、6000人ほどの住民が残っていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中