「習は知らなかったらしい」──偵察気球問題が浮き彫りにした、権力構造における本当の「権力者」
Behind the Spy Balloon
米モンタナ州上空で確認された気球のことを、習近平が知らなかった可能性が指摘されている TINGSHU WANGーREUTERS
<独裁体制であっても一枚岩ではない。習近平の意外に弱い影響力と序列が低い外務省。共産党・政府・軍の権力構造の中における、軍の力とは?>
米モンタナ州上空で、中国のものと思われる偵察気球が発見され、アントニー・ブリンケン米国務長官の訪中が直前で延期されたのは2月3日のこと。中国外務省も、この気球が中国のものであることを認めた(ただし気象研究用だと主張している)。
ところが、CNNなどによると、中国の権力構造のトップに立つ習近平(シー・チンピン)国家主席が、この気球を飛ばす計画を把握していなかった可能性があると、米政府高官が示唆しているという。
昨秋の中国共産党大会で異例の3期目の党総書記の座を手に入れ、3月初めに開かれる全国人民代表大会(国会に相当)で一段と権力基盤を強化するとみられている習が、こんな大胆な作戦を把握していなかったなどということがあり得るのか。
それとも「習は知らなかったらしい」ということにして、米政府が米中関係の悪化を防ごうとしているのか、真相は分からない。
ただ、一党独裁体制とはいえ、中国の外交政策は特定のアクターによって決まるわけではない。党や軍、外務省、地方政府など、さまざまなアクターが、それぞれの利益を追求して駆け引きを繰り広げるなかで、中国の対外的な措置や方針が形作られるのだ。
建国の父・毛沢東の時代の中国は極めて中央集権的な政治体制が確立されていたが、1970年代に毛が死去すると、新たな最高指導者・鄧小平の下では、一定レベルの裁量と政治力、そして外交政策能力を持つアクターが増えていった。
こうしたアクターの目標は相反する場合もあるが、党としてはうまくバランスを取って、全員を巻き込み政治経済を運営しなければならない。もちろん習も、そして習の指導下にある党も、各種アクターが外交政策に与える影響を無視することはできない。
このため、軍や地方政府が中国の主権の名の下に何らかの措置を取ろうとしたとき、たとえそれが習や党の利益と衝突する場合でも、習はあからさまに制限できない。
外務省は無視されがち
中国の多様なアクターの利益衝突がよく見られるのが、南シナ海だ。みな国益を口実にしながら、商業的利益や財政支出、政治的威信など自らの利益を追求しようとする。