「習は知らなかったらしい」──偵察気球問題が浮き彫りにした、権力構造における本当の「権力者」
Behind the Spy Balloon
習は自らの手に権力を集中させてきたが、毛以降の中国の指導者が、毛ほどの絶対的権力を手にしたことはない。毛のように共産主義の革命を起こした正統性も、軍の絶対的支配力もないからだ。このため軍は習に遠慮せず、かなり自主的に動いてきた。
また、中国では党が全てを指導することになっているから、外務省ができる政策の実施や調整には限界があり、政策の詳細な立案は党に委ねられる。外相は政府の中でも序列が低く、外交政策が関連する決定にいつも関わっているとは限らない。
例えば、2012年に導入された新パスポートに、周辺諸国と領有権争いのある島々が中国の一部として描かれた地図が含まれていることが問題になったが、これは公安省が決めたことで、外相には相談がなかったと言われる。
また、党中央軍事委員会(軍を指導する最高機関)と国務院(内閣に相当)は同格だが、外務省は軍よりも格下だ。従って、軍の行動が中国の外交政策にマイナスの影響を与える場合でも、外務省が軍の措置に待ったをかけることはできない。
軍は世論を巧みに操作
かねてから中国の外務省は、南シナ海の島しょ部の領有権問題で、他の政府機関よりも穏健なアプローチを取ってきた。国内メディアがこれらの島しょ部における中国のプレゼンスをもっと強化するべきだと主張したときも、外務省は反対の見解を示した。
ただ、01年に海南島に近い南シナ海上空で中国軍機と米軍機が衝突した事件や、20年に中国当局の船がベトナムの漁船に体当たりして沈没させた事件後、外務省は態度を硬化させている。
軍が中国の外交政策に大きな影響を与えられる背景には、作戦面での自立性とメディアとの深い関わりがある。外交政策の立案では表向きは限られた影響しか与えられないが、実施の局面では軍の利益を念頭に置いて、独自の手法を取ることができる。外国との緊張を高めることもできる。
軍は世論を巧みに操作して、外交政策に影響を与えることもある。将校がメディアに出演して、愛国主義的な見解を示すことも少なくない。