「習は知らなかったらしい」──偵察気球問題が浮き彫りにした、権力構造における本当の「権力者」
Behind the Spy Balloon
例えば、羅援(ルオ・ユアン)退役少将は、南シナ海で米軍の空母を爆撃するべきだと主張した。軍が海南島事件の原因は米軍の挑発だとしてアメリカを非難したりしたこともある。
習が最高の地位にあるのは確かだが、最高意思決定機関である中央政治局常務委員会での議論に、外部の人間が影響を及ぼすことも少なくない。軍で諜報担当だった熊光楷(ション・コアンカイ)退役大将は、海南島事件への対応で重要な役割を果たしたとされる。
中国の意思決定システムでは、多方面からの情報収集が重視されるため、熊は10年以上にわたり、中国の外交政策に大きな影響力を及ぼした。
鄧以降の地方分権により、地方政府がパワフルなアクターになったことも外交政策に影響を与えている。なにしろ各省の党委員会書記は、中央政府の一部閣僚と同レベルの格がある。そんな省党委員会書記が、現在の中央政治局には6人含まれているのだ。
02年頃以降、中国は経済社会の国際化を進めるなかで、地方政府が東南アジア諸国との関係を独自に構築・維持することを奨励した。これは領土拡張への野心と経済成長、双方の維持という目標の達成に寄与したが、それは地方政府の自主性も高めた。
すると、地方政府の外交政策が、中央政府の利益と一致しないケースが出てきた。例えば12年、中国政府はベトナムとの関係改善を図ろうとしたが、海南省の強い要請を受け、西沙(パラセル)諸島や南沙(スプラトリー)諸島を管轄する行政単位として三沙市を新設し、ベトナムなど近隣諸国の神経を逆なでした。
一党独裁という政治体制ゆえに、中国の権力構造は一枚岩的だと思われがちだが、実態はずっと複雑だ。習と政治局常務委員会が最大の権力を握っているのは間違いないが、ほかにも多くのアクターが外交政策に影響を及ぼしていることもまた間違いないだろう。
アメリカの国務長官が中国を訪問する直前に、米本土に偵察気球を飛ばすという決定も、こうした複雑なパワーバランスから生まれたのだ。
From thediplomat.com