最新記事

ベトナム

国家「ナンバー2」フック前首相が突然消えた、ベトナムの「自浄作用」と輸出依存型の不安な経済

Accountability Matters

2023年2月3日(金)11時19分
クイン・レ・トラン(ジャーナリスト)

こうした流れからすると、共産党はどうやらここにきて方針を転換したようだ。大物官僚であっても法令違反の疑いがあれば厳しく責任を問うのはこれまでと同じだが、その一方で罪を認めれば辞任という形で名誉ある引退を認める──そのほうが、党の権威を守るには都合がいいことに党トップは気付いたようだ。

方針転換が顕在化したのは1月5日。国会が2人の副首相の辞任を承認したときだ。昨年にはロン前保健相や駐日大使を務めたブー・ホン・ナムのような大物も含め、多くの高官が解任され、逮捕され、起訴され、不名誉な処分を受けた。それに比べ、2人の副首相については自ら職を退くという寛大な処分で済んだことは驚きだった。

昨年来の汚職捜査はグエン・フー・チョン党書記長の意向に添ったものだ。チョンは「炉が熱ければ湿った薪でも燃やす」と語り、不正を働いた者は誰であれ厳罰に処す徹底した反腐敗キャンペーンを主導してきた。だが、ここにきて党は「辞任の文化」なるものを根付かせ始めた。

きっかけとなったのはチョンの最近の発言だ。「過ちを犯した者が自主的に職を退き、不正に取得した金を返せば、処罰を軽くするか、場合によっては免除するなど、個々のケースについて柔軟に対処すべきだ。全員を厳しく罰したり、辞めさせる必要はない」

この発言を受けて、党は方針を変えた。今や汚職に手を染めても、自ら名乗り出て、自分の行為に責任を取ればさほど痛い目に遭わずに済む。それが共産党にとっても国家にとっても最善の方策だと、チョンらは気付いたのだ。

汚職官僚が次々に処分される事態に国民はこの先どうなるか不安を募らせていた。チョンらはそうした世論の風向きを見て方針を変えたのだろう。新方針の下で一律の硬直した処分ではなく、不正への関与の度合いに応じたより柔軟な処分が取られ、党人事に説明責任が伴うようになれば大きな進歩だ。

しかし、今の雲行きではそれは望めそうにない。気になるのは辞任が認められる条件がはっきりしないこと。現状では辞任の理由について国民に明確な説明がなされず、これまで以上に透明性が失われかねない。

「中国型」の権力集中か

1954年生まれのフックは2016年から21年まで首相を務め、共産党の政策を実行し、経済成長を促進して国民の生活水準を向上させる政府の取り組みを監督する責任を担った。そして21年に国家主席に選出された。

首相と国家主席の在任中は企業寄りの政策で知られ、ベトナムへの外国投資の誘致に尽力した。また、国のインフラを改善し、現代的な法制度を構築して、より開かれた持続可能な経済を推進した。フックの政治的立場と政策は党と一致しており、党の権力支配の維持に努めてきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中