タイ、ミャンマー関係者招きASEAN非公式会議 対軍政めぐり加盟国に亀裂?
しかしミャンマー軍政は「5項目の合意」にある「武力行使の即時停止」と「関係者全員とASEAN特使の面会」に関して頑なにその受け入れと実行を拒否し続け、ASEAN全体としてのミャンマー問題解決は完全に行き詰っている。
こうしたなか、2022年10月から1年間、ASEAN議長国がミャンマー強硬派のインドネシアに変わり、ASEAN特使もインドネシアのルトノ・マルスディ外相に移ったことなどを受けて、タイ政府が独自の打開策としてミャンマー軍政の「閣僚級」を含めた会議の開催を企図したのが今回の非公式ASEAN外相会議となったとみられている。
ASEANは窮地に陥る可能性も
今回の会議開催で今後ミャンマー軍政はASEAN全体さらに議長国でありASEAN特使を任ずるインドネシアとの交渉よりも「ミャンマー融和国」であるタイ、ラオス、カンボジア、ベトナムとの関係を深め、交渉相手として重視していく可能性が高く、ASEANが加盟国全体として動くことが一層困難になるのではないかとの見方も浮上している。
ASEANには「内政不干渉」「全会一致」という不文律が存在しているが、ミャンマー問題では「内政に干渉し」、ASEAN首相会議や関連閣僚会議にミャンマー軍政閣僚などを招待しない状態が2022年後半から続いており、「全会一致」も実現していない状況が続いている。
こうしたことから2023年はASEANがミャンマー問題を巡って窮地に追い込まれる可能性もでてきた。
タイ外務省のカンチャナ・パタラチョッケ報道官は今回の会議を「非ASEAN会議」と位置づけ「5項目の合意が実現しない状況を受けた高レベル会議でミャンマーの参加禁止を回避した」と述べた。
会議後に発表された声明でミャンマー軍政側はASEAN加盟国に対して民主派が組織した政治団体「国民統一政府(NUG)」とその傘下の武装市民組織である「PDF」による「テロ活動を非難」したうえで「テロ組織への道徳的、物質的、財政的支援を思いとどまるよう促した」と指摘。今後この会議がミャンマー軍政の「プロパガンダ」に利用される懸念も生じている。
会議に参加したカンボジアの外務省も声明で「こうした非公式協議が行き詰まりをみせているASEANの交渉の"出口戦略"につながる」ことへの期待を示した。
カンボジアは2022年10月までの1年間ASEAN議長国を務めフンセン首相の主導でミャンマー問題の打開を図ろうとした。具体的にはフンセン首相やASEAN特使となったプラク・ソコン外相がミャンマーを複数回訪問、ミン・アウン・フライン国軍司令官など軍政幹部と会談して「5項目の合意」に履行を求めてきた。
しかし軍政の頑なな姿勢に加えて2022年7月に軍政が民主派の政治犯4人に対する死刑を執行したことがASEANの空気を一変させ、書簡で「死刑執行の見直し」をミン・アウン・フライン国軍司令官に直接要求したフンセン首相も「裏切られた」形となり、以後ASEAN全体がミャンマーへの強硬姿勢に同調せざるを得なくなったという。
ただ中国への配慮と忖度を隠さないフンセン首相は、今回のタイ外務省の会議を「ASEANによるミャンマー問題対処」の主導権をインドネシアなどの強硬派から「取り返す好機」と判断したものとみられている。
2023年もミャンマー問題対処はASEANにとって域内最大の課題であることは間違いなく、融和国と強硬国の対立が鮮明になればなるほど解決の糸口は遠のくことになり、ASEANにとっては正念場の1年となりそうだ。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など