プーチンはヘルソン撤退発表時、病院にいた──戦争の終焉がまだ遠い理由
A Fallback Plan
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奪還目前のヘルソン付近で待機するウクライナ軍の部隊(11月9日) VIACHESLAV RATYNSKYI-REUTERS
<南部の要衝ヘルソンからロシア軍がついに撤退したが、プーチンは今も長期戦をねらっている。一方、ゼレンスキーが発表した和平交渉の5条件で注目のポイントは?>
ウクライナ南部の都市ヘルソンからロシア軍が撤退した。ロシアのラジーミル・プーチン大統領にとっては、2月24日のウクライナ侵攻開始後、一気に首都キーウ(キエフ)を陥落させようとして失敗し、撤退を余儀なくされたとき以来の大失態だ。
この撤退は、戦争の転機となる可能性がある。なにしろプーチンは9月末、このヘルソンを州都とするヘルソン州と、ルハンスク州、ドネツク州、そしてザポリッジャ州の4州をロシアに併合したと(勝手に)宣言していた。
ヘルソン市はドニプロ川が黒海に流れ込む地域にある重要な港湾都市でもある。そして大河ドニプロ川は、親ヨーロッパ的住民が多い西側と、ロシア系住民が多い東側に、ウクライナを地理的にも文化的にも隔てる大動脈だ。
今回のヘルソン市撤退(ロシア国営テレビで国内に向けても発表された)は、プーチンの野心にダメージを与えただけではない。ロシア軍はドニプロ川東岸に押し戻され、ウクライナ中西部を攻撃する足場を失うという、戦略的に大きなダメージを被った。
もちろん理論的には、東部で態勢を整え、再びドニプロ川を越えて攻勢に出る可能性はある。
だが、兵力や武器の喪失と、新たに投入された兵士たちの訓練不足、そして戦車の不足を考えると、攻勢どころか防衛線を維持するのが精いっぱいだろう(経済制裁による部品不足で、ロシアには戦車の生産能力がない)。
「(ロシア軍に)大規模な攻撃を仕掛ける余裕はないだろう」と、ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)のマーク・ガレオッティ名誉教授は指摘する。新たな戦闘部隊が組織されるとみられる「春先になっても、おそらく無理だろう」。
アメリカの情報機関の報告によると、ロシア軍高官は9月からヘルソン撤退をプーチンに促していたという。ウクライナの攻撃によりロシアの補給線は崩壊しつつあり、それが完全に寸断されれば、取り残された部隊は悲惨な運命をたどることになるからだ。
プーチンがその現実をようやく認めたのは、11月に入ってからだ。しかも、この大失態からなんとか距離を置こうとしたようだ。
9日のテレビ放送でヘルソン撤退を発表したのは、セルゲイ・ショイグ国防相と、ウクライナ侵攻作戦の総司令官を務めるセルゲイ・スロビキン大将だった。プーチンはその間、モスクワの病院を視察していた。
だが、ロシア国防省は撤退の決定を下したのはプーチンであることを明確にした。定例会見で、約4万人の兵士を東に移動させる措置は、「承認された計画に厳密に従った」ものだと発表したのだ。