最新記事

日本社会

貧困に生まれ「いじめ」に苦しんだ私を外の世界に連れ出してくれた作文【エモを消費する危うさ:前編】

2022年10月18日(火)07時59分
ヒオカ(ライター)

私は空。表情を幾重にも変える。目に映る私は、広大な空の一部分に過ぎない。

そんなことを書いた。いじめられてから、人が変わったように、自分を押し込めて押し込めて、偽って生きてきた。でも、私はみなが思う私じゃない。もっといろんな感情があって、いろんな能力もある。

"いじめられて不登校になったキモイやつ"。そんなの、本当の私じゃない。決して声には出さない小さな叫びを、その詩に込めたのだと思う。詩は教室の壁に貼り出されたが、きっと目を留める人はいなかっただろう。

言葉で表現し、居場所を取り戻す

3年生の担任は、私を"相談室の子"だからと特別扱いすることはなかった。教室に入った時、スカート丈を少し短くしていたら怒られた。腫れ物を扱うように接するのではなく、他の子と同じように扱ってくれているのだと感じた。

詩が貼り出される時、「ちゃんと書いたんだから、堂々としてな。いいじゃない貼られるくらい」と言ってくれたのも、その担任の先生だった。

先生は、人目を避けて生きる不登校になってからの弱々しい私しか知らなかった。にもかかわらず、いきなり弁論の県大会に出ることについても、まったく心配しなかった。先生はすべてにおいて「大丈夫よ」と信頼してくれている。そんな気がした。

弁論大会の出場が決まってから、すぐに原稿を丸暗記した。そしてひたすら情感を込めるトレーニングを繰り返した。頭のなかで壇上の自分を再現する。

本番では、500人の聴衆がホールに集まった。私の知り合いは同行してくれた担任の先生だけ。お腹が痛くなるほどの緊張も、出番の五分前になるとスッと消え、興奮に変わる。

舞台に上がる。聴衆を見据える。体の奥底から力がたぎる。壇上で、3年間抑えつけてきた感情を爆発させ、すべてをぶつけた。そこに、人の目を避けて息を潜めていた私の面影はなかった。

言葉が躍動する。発する言葉が波のようにうねり、聴衆に届くのがわかった。目には見えないが確かにそこに存在するエネルギーの塊が、言葉に乗って会場を泳ぐのがありありとわかる。

学校に通うという日常は奪われた。でも、この瞬間、この空間、この言葉。これだけは誰にも奪えない。私だけのもの。何かに取りつかれたように語りつくした。壇上を降りたあとも、体の奥は熱く、手は興奮で震えていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    日本では起こりえなかった「交渉の決裂」...言葉に宿…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中