最新記事

ロシア

「ゴルバチョフって奴は分かりにくい男だよ」──「敗軍の将」の遺産とは?

Gorbachev's Disputed Legacy

2022年9月5日(月)13時27分
ウラジスラフ・ズボーク(歴史学者)

NW_GCF_05-20220905.jpg

母方のウクライナ人の祖父母と(1937年頃) APIC/GETTY IMAGES

彼の貧しい生い立ちでは帝王学とは縁がなく、巨大な帝国を統治し改革する遠大な事業に取り組む準備はほとんどできていなかった。北カフカスの寒村出身の農民である彼は、主に農業事業を手掛けて共産党内で頭角を現した。そんな折、旧ソ連の情報機関KGBのトップだったユーリー・アンドロポフとたまたま知り合い、目をかけてもらえるようになった。

ソ連の最高指導者である共産党書記長の座に就いたアンドロポフはゴルバチョフを後継者にするつもりだった。だがゴルバチョフが外交や国防、経済や財政を学ぶ前にアンドロポフは死去。知識と経験に欠ける彼に代わって、コンスタンチン・チェルネンコが書記長に就任した。だがそのチェルネンコも13カ月後に死去し、準備不足のゴルバチョフが重責を担うことになる。

1985年3月、共産党政治局が形式的な投票でゴルバチョフを書記長の座に据える前夜、彼は妻ライサと散歩に出た。

「本当にやるつもりなの」。ライサが詰め寄ると、彼はしっかりとうなずいたと伝記作家は伝える。悪化する一方のソ連経済、腐り切った統治システム。「こんな状態を放置するわけにはいかないんだ」と断言した、と。

「核カード」に頼らず

ゴルバチョフは共産主義の理念とソ連の現実のギャップに気付いていたが、当初は荒療治をせずとも漸進的な改善で埋められると思っていた。それについて彼は後年、こう弁明している。

「長年目隠しされ鎖でつながれていたら、マインドコントロールは簡単には解けないからね」

理想主義とあふれる熱意で職務に取りかかったゴルバチョフは、就任4年目に大胆な経済・政治改革と憲法改正を打ち出した。

だが任期の最後の2年間には大胆な改革と大幅な後退の間を行きつ戻りつしているようだった。いや、ただ優柔不断になっていただけかもしれない。本人に言わせると、あまりに急速に改革を進めると内戦が起きる恐れがあり、慎重にならざるを得なかったというが......。

共産党の怪物じみた政治機構の中にあって彼ほど功なり名を遂げた人物が人間らしい感性を保っていたことに首をかしげる歴史家もいる。

ゴルバチョフは若き日に好んで詩を読み、芸術全般に憧れを抱いていた。お気に入りのラテン語の格言はドゥム・スピーロー・スペーロー(私は生きている限り、希望を抱く)だ。

ロシア人の例に漏れず、口汚い罵り言葉をよく使うが、酒に溺れることはなく、家族を愛する良き夫、良き父だった。休暇先にはいつも文学、哲学、歴史の本を何冊も携えて行き、辛辣なジョークを飛ばし、よく笑った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め

ワールド

プーチン氏「ハリコフ制圧は計画にない」、軍事作戦は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中