最新記事

ロシア

「ゴルバチョフって奴は分かりにくい男だよ」──「敗軍の将」の遺産とは?

Gorbachev's Disputed Legacy

2022年9月5日(月)13時27分
ウラジスラフ・ズボーク(歴史学者)
ミハイル・ゴルバチョフ

党書記長に就任した当初は経験不足を懸念する声も小さくなかった BRYN COLTON/GETTY IMAGES

<西側のカモ、それとも腐敗した全体主義から解放した偉大な政治家か? 生い立ちから理想に燃えた時代、ソ連邦崩壊、ノーベル平和賞、愛妻ライサの死、そしてNATO拡大を批判した晩年>

ミハイル・ゴルバチョフは8月30日、長い闘病の末に91歳で死去したとロシアのメディアが伝えた。悲劇的で陰鬱な血に染まったロシアの歴史において、その存在は数少ない希望の灯だった。

最悪の時期でさえユーモアを忘れず、楽天的な笑顔で周囲を和ませた。政治に情熱を傾けたが、自身のエゴのために権力の座にしがみつくことは潔しとしなかった。

旧ソ連のトップダウン方式の経済を改革し、統治の透明性を高め、自由と人権を拡大するため、ペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(公開)の旗を振ったのは、こうした資質のなせる業だ。最大の偉業である冷戦の平和的な終結を実現する上でも、こうした資質が役立っただろう。

しかしロシア史における位置付けはそう単純ではなく、今も確定していない。ロシアの民族主義者や旧秩序の熱烈な擁護者たちは、ソ連崩壊時の指導者だった彼を西側のカモ、あるいは裏切り者と見なしている。

その他のロシア人や旧ソ連を構成した共和国の人々は、腐敗した全体主義のくびきを解いてくれた大局的な視座を持つ政治家として高く評価している。本人も毀誉褒貶の激しさを意識してか、伝記作家のウィリアム・トーブマンに自虐的なジョークを飛ばしたことがある。

いわく「ゴルバチョフって奴は何とも分かりにくい男だよ」。

時代の申し子だったことは間違いない。両親はロシア人とウクライナ人の農民。当時はまだ革命前のインテリゲンチャ(知識階級)が教師を務めていた学校で高等教育を受け、「大祖国戦争(第2次大戦中の独ソ戦)」の勝利の興奮冷めやらぬ時期に大人になった。

ゴルバチョフ家も同時代のロシア人の例に漏れず、戦後の荒廃、飢餓、スターリン政権下の恐怖支配に耐えなければならなかったが、戦争を生き延びたことを喜び、未来に希望を抱いていた。

後に妻となるライサとは、モスクワ国立大学の寮で出会った。それは独裁者として知られたヨシフ・スターリンが死去する前年のこと。当時ライサは哲学を学んでいた。ゴルバチョフの政治生活を通じて、彼女はなくてはならない心の友となり、ライバルや政敵に囲まれた彼が常に助言を求める良き相談相手となった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択

ワールド

中国、二国間貿易推進へ米国と対話する用意ある=商務

ビジネス

ノルウェー・エクイノール、再生エネ部門で20%人員
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中