最新記事

植物

環境ストレスを受けた植物は、アスピリンを自前で生成して、葉緑体を保護していた

2022年7月21日(木)18時15分
青葉やまと

この発見は、植物を気候変動から保護する可能性がある...... news.ucr.edu

<アスピリンが大切な葉緑体を保護し、熱波や乾燥に強くなるという......>

痛み止めの力を利用して困難な瞬間を乗り越えているのは、どうやら人間だけではないようだ。米カリフォルニア大学の研究者たちが、植物がアスピリンを合成して環境ストレスに耐えているしくみを解明した。

水不足や虫害などの環境ストレスを受けると、植物のなかで光合成を行う葉緑体が損傷するおそれがある。研究チームはストレスへの反応を調べるため、人為的に熱と強い日差しを植物に与えた。すると、こうした環境に置かれた植物は、警報となる化学物質を産生することが判明した。

警報物質が一定量貯まると、一般にアスピリンの前駆体(合成前の状態)として知られているサリチル酸が植物の内部で合成されはじめるという。サリチル酸は植物のエネルギー生成装置である葉緑体を保護する働きがある。

実験はカリフォルニア大学リバーサイド校の研究者たちが行い、結果をまとめた研究論文が科学誌『サイエンス・アドバンシス』に掲載されている。これまでにも植物がサリチル酸を産生することは判明していたが、本研究はその詳細なプロセスの解明に成功した。

日照りの植物は、人間の日焼けに似たストレスを受けている

論文の共同執筆者であるカリフォルニア大学ロサンゼルス校のジンツェン・ワン氏(植物学)は、植物のダメージを人間の日焼けに例えて説明している。私たちが晴れた日に日焼け止めを塗らずに長時間日光に当たると、日焼けが進むほか、長期的にはシミやそばかすの原因となる。

これは日光を受けることで、人間の皮膚が活性酸素を生成するためだ。活性酸素とは、酸素分子が通常よりほかの化合物と反応しやすい状態になったもので、体内の酸化を促進する要因となる物質だ。一般に酸化ストレスと呼ばれる、生体組織の損傷を引き起こす。

植物も人間と同じで、熱や強力な太陽光線、あるいは干ばつなどにさらされることで、活性酸素を生じるのだという。また、太陽光のほかに、虫害なども主要なストレス要因となるとワン氏は説明している。

Hightlight.jpg

高い光ストレスで色が変化したラボの植物 (Jin-Zheng Wang / UCR)


ストレスが高まるとサリチル酸を生成し、葉緑体の保護へ

こうしたストレスにさらされると、植物はアスピリンの前駆体であるサリチル酸を内部で合成し、保護を試みるようだ。外部からのストレスに反応する形で、まずは糖の生成を担う葉緑体と細胞質がMEcPPと呼ばれる分子を産生し、これがストレス警報として機能する。

MEcPPが一定量蓄積されるとサリチル酸の生成が誘発され、細胞内の防御機構が反応してゆくという。サリチル酸は、葉緑体を保護する働きをする。周知の通り葉緑体は、光合成を行う重要な器官だ。光を使って水と二酸化炭素を糖に変換し、植物全体に供給されるエネルギーを生み出す。

なお、厳密にはサリチル酸を反応させ加工したものがアスピリン(アセチルサリチル酸)となるため、アスピリンそのものを産生するわけではない。ただ、カリフォルニア大はリリースにおいて説明を簡易化し、「ストレスを受けた植物はどのようにアスピリンを自家生成するのか」と題して本研究を解説している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中