「空疎ないら立ち」を解消する「政治回路」の不在
AN EXTREME IRRITATION
対立緩和の政治回路が脆弱に
民主政のプロセスを暴力で破壊するという点で類似性を持つのは、21年1月の米連邦議会議事堂襲撃事件だ。
前年秋の大統領選に不正があったとしてバイデン次期大統領の正統性を認めず、議事堂の壁をよじ登り、窓をたたき割ったトランプ支持派は多様な属性を持つ集団だったが、共通項として抽出できるのは「分断に対するいら立ち」だ。グローバル資本主義の進展による経済格差や移民流入による摩擦などの増大は、アメリカ社会の統合性を破壊し分断を深めた。
トランプ政権誕生の原動力となったのはこの分断に対する人々のいら立ちである。17年に発足したトランプ政権では、国民統合の物語としてのナショナリズムではなく、国民分断の象徴として他者、特にメディアをフェイクと罵る言説が盛んになった。
分断に対するいら立ちが「認知のゆがみ」という、いわば認識論レベルまで影響した結果、大統領選挙の客観的結果を受容し難い人々の怒りが頂点で爆発したのが議事堂事件だった。この事件はアメリカの民主主義に対する深刻な挑戦だとして、トランプの法的・政治的責任を問う動きが現在、米議会で続いている。
しかし見方を変えれば、トランプがいたからこそ、分断に対するいら立ちが議事堂事件までの間は暴走と爆発を免れていたとも言える。
つまり「白人国家」アメリカの消滅を恐れる市民とワシントンのエスタブリッシュメントとの間にある「敵意と侮蔑」が正面から衝突する事態を避けるべく、共和党はトランプという存在を使ってバッファ(緩衝)を設けたとみることもできる。衝突を調整しいら立ちを「制度化」する政治技法は、アメリカが二大政党制の歴史で育んできた知恵でもある。
翻って日本はどうか。新自由主義下で拡大した経済的格差に起因する呪詛の念と抑圧感は社会の至る所でため込まれている。それはコロナ禍でさらに拡大し、ウクライナ危機による物価高と円安で加速する様相を呈している。
本来であれば、そうした「分断に対するいら立ち」は政権運営を担う与党に対峙する野党こそが受け止めるべき問題だ。しかし、自民党による巧みな野党分断策が奏功したこともあり、現状の野党がその任を果たしているとは言い難い。そのため現在の日本政治は、市民のいら立ちを受け止めることで社会的対立を緩和させるという「政治回路」が極めて脆弱になっている。