「空疎ないら立ち」を解消する「政治回路」の不在
AN EXTREME IRRITATION
「安倍不在」の深刻な影響
安倍元首相は憲政史上最長となる通算8年8カ月にわたって宰相の座を務めた。2012年12月に始まった第2次安倍政権は、「人事の佐藤」とうたわれた大叔父・佐藤栄作元首相を彷彿とさせる人事術・官僚操縦術を駆使して安定的な「安倍一強」体制の構築に成功。
「アベノミクス3本の矢を掲げてデフレ脱却と経済再生に邁進しつつ、消費増税のタイミングをコントロールし選挙における争点形成を先導することで6回に及ぶ衆参の国政選挙に勝利した。
選挙の勝利がもたらす高い政権支持率を資産として、祖父・岸信介元首相の国家像を引き継いだ安倍元首相が取り組もうとしたのが、戦後政治の総決算としての憲法改正だ。病気による退陣で果たせなかったが、その道程と成果が戦後保守政治の最高峰に位置していることは疑いようがない。
また安倍元首相は外交面でも、TPP(環太平洋経済連携協定)や日EU経済連携協定をはじめとする多国間戦略的パートナーシップの構築を推し進め、米中対立が激化するはざまで、ほかに得難い調整役の任を果たした。
独自に提唱したFOIP(自由で開かれたインド太平洋)戦略はウクライナ危機による地政学的リスク激変を見通していたかのような先駆性があり、ジョー・バイデン米政権によるIPEF(インド太平洋経済枠組み)の基盤になっている。
地球儀を俯瞰するような広い視座を持ち、ドナルド・トランプ、ウラジーミル・プーチン、習近平(シー・チンピン)ら各国首脳と伍して交渉を行った安倍元首相の存在感は戦後政治外交史で特筆されるべきであろう。
他方で、常に劣勢だった野党や市民的リベラルの側は改憲への警戒もあって激しい批判を安倍元首相に浴びせた。国論を二分した14年7月の集団的自衛権に関わる憲法解釈変更に対しては、東大法学部教授が「クーデター」だと論難し内閣法制局長官経験者も批判を繰り広げた。森友・加計学園・桜を見る会問題では縁故主義と公文書改ざんが非難され、功罪相半ばする評価は続いた。
その安倍元首相が凶行に倒れ、突然訪れた「安倍不在」という状況は今後、日本の政治に何をもたらすのだろうか。