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「中国は人権基準を満たしている」──プロパガンダに加担した「人権の守護者」

A Failed Mission Taints Legacy

2022年6月20日(月)16時47分
ベネディクト・ロジャース(NGO「ホンコン・ウオッチ」創設者)

記者会見で彼女は、中国の医療の国民皆保険や「ほぼ皆保険」である失業保険、男女平等の推進策を持ち上げた。だが蔓延する性暴力、強制される不妊手術や人工妊娠中絶、人身売買に拷問、そしてジェノサイド疑惑などには一切触れなかった。奴隷労働の横行についても何も言わず、それどころか強制労働を続けている中国企業を「人権基準を満たしている」と称賛した。

最も奇妙だったのは、中国で「市民社会の各団体、学者、地域社会や宗教界の指導者」と会ったという発言だ。誰のことを指しているのか。中国の市民団体は大半が閉鎖され、大半の学者が黙らされ、地域社会や宗教界の指導者は多数が獄中にいるというのに。

訪中のタイミングは、中国で新型コロナ対策が改めて強化された時期に重なった。中国はバチェレの行動を制限する口実を手にし、最終日の記者会見もリモートで行われた。

仮にタイミングがよかったとしても、バチェレが新疆ウイグル自治区の強制収容所に自由にアクセスできるとは思えない。コロナ対策の下では残虐行為の実態に触れる機会は、ほぼなかっただろう。

今回の訪中は「調査が目的ではなかった」と、バチェレは言い続けている。これが腑に落ちない。バチェレは4年前から調査の実現を訴えていた。それなのに、今回は調査が目的ではないとわざわざ主張するのはなぜか。国連人権高等弁務官事務所による新疆ウイグル自治区の人権状況に関する報告書の公表を遅らせたのはなぜか。それこそが「調査」報告書ではないのか。

人権専門家が総出で非難

私は3カ月前にジュネーブに行き、バチェレに2点を依頼した。1つは、訪中前にウイグル人、チベット人、香港市民、そして中国本土から亡命した反体制活動家と面会すること。もう1つは、新疆ウイグル自治区での残虐行為と並び、香港、チベット、信仰の自由の侵害、その他中国全土の深刻な人権侵害の問題を中国側に提起することだ。

訪中最終日の記者会見での発言からすれば、私たちが求めた問題をバチェレが提起したとはとても思えない。

香港とチベットに関するバチェレの発言は、まさにお笑い草だった。香港については、「人権の促進と保護」に貢献する「市民社会と学術界の途方もない潜在能力」を「抑圧せず育成していくために、香港政府ができることを全て行うことが重要だ」と述べた。

バチェレは中国の強権的な国家安全法を読んだことがないのか。過去2年間で何十人もの活動家が逮捕・収監され、50以上の市民社会団体が閉鎖され、ほぼ全ての独立メディアが活動を停止させられたのを知らないのか。

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