世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」
前述したように軽井沢の森のなかには80種類以上の鳥が生息しているが、そのなかでもシジュウカラが多く、観察しているうちに「ずいぶん複雑な鳴き声をしているな。鳴き声の多様性がほかの鳥と比べてもずば抜けている」と感じた。
鳴き声に注目しながら身を潜めて観察していた時に、ハッとした。複数のシジュウカラが、エサ台に置かれたひまわりの種を食べに来た。そのうちの1羽が「ヒーッ!」と鳴いた瞬間、一斉に藪のなかに飛び去った。その1秒後、タカがエサ台に舞い降りてきた。シジュウカラを捕獲して食べるタカは、天敵だ。この時、鈴木は「タカが来たことを知らせたんじゃないか⁉」と感じた。
この時、「もっと鳴き声の種類を調べてみよう」と考えた鈴木は、ひまわりの種をほかの場所に蒔(ま)いてみた。ほかの草木に紛れて、シジュウカラはなかなか気づかない。1時間待ち、2時間が過ぎた。それでもじっと待っていたら、1羽のシジュウカラが飛んできて「ヂヂヂヂッ」と鳴いた。すると、次々にシジュウカラが集まってきた。
鳥の図鑑には、シジュウカラの「ヂヂヂヂッ」という鳴き声は「警戒を表す」と書かれていたが、仲良くひまわりの種を啄(ついば)んでいる様子を見て、「そんなわけない」と思った。そして、「これは仲間を呼ぶ声に違いない。図鑑を正そう」と決めて、卒業論文のテーマに据える。
「どうやって証明したらいいんだろうと考えました。それで、ヂヂヂヂッという声を録音して聞かせた時に寄ってくるかどうか、調べました」
実験してみると、録音した鳴き声でもシジュウカラが集まってくる。サンプルとして録音したほかの声では、集まってこない。
「これはやっぱり、集まれという意味だ」
そう確信して卒業論文を書いた鈴木は、大学院に進み、シジュウカラの研究を深めていく。
200以上のパターンを集めて見えてきた"法則"
そもそも、シジュウカラの鳴き声はどれだけの種類があるのか。鳴き声を収集し始めると、200パターン以上あることがわかった。これらがなにを表しているのか解き明かすには、ひたすら観察するしかない。幸い、何時間も動物の行動を見続けるのは、少年時代からの得意技だ。
森のなかに、シジュウカラが巣を作るように28ミリの穴を開けた巣箱を作り、ひとりで80個を設置。毎日、毎日、巣箱を見て回っているうちに、肉食で天敵のモズが現れると、2パターンの反応をすることがわかった。
ある時は、1羽のシジュウカラが「ピーツピッ」と鳴く。それを聞くと、ほかは周囲をキョロキョロとし始める。これを「警戒せよ」と仮定する。
別の時は、「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」と鳴く。二語を合わせると「警戒せよ、集まれ」になるこの言葉を耳にすると、シジュウカラはいつも複数で群がり、モズを追い払う。モズの剝製を置いて実験した時も同様に2つの反応を示し、博士課程に進学していた鈴木は、「すごい! ふたつの言葉を組み合わせて使っている!」と驚愕(きょうがく)した。
もし、これが「二語文」ならルールがあるはずだ。そう仮定し、録音した音声で「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」と鳴らすと、複数のシジュウカラが集まってきて、周囲を警戒するような仕草(しぐさ)を見せた。そこで言葉を逆にして「ヂヂヂヂッ、ピーツピッ」と鳴らすと、なんの反応も示さなかった。ということは、語順を認識しているのだ。