世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」

2022年6月18日(土)12時38分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

「今思うと、親がよく許してくれたなと思うんですが、とにかくなんでも飼っていました。愛(め)でるのとは違って、とにかく彼らの世界を知りたかったので、ずっと観察していましたね」

幼少期から生き物に強い関心を抱く鈴木を、両親は微笑ましく思っていたのだろう。4、5歳の時、家族で茨城に引っ越すのだが、後に鈴木が理由を尋ねたところ、「俊貴を自然のなかで育てたかったから」と明かされたそう。父親はそこから片道2時間かけて、東京に通勤した。

その頃に母親から言われたことを、鈴木は今も忘れていない。当時、飼育している生き物の様子と図鑑に書いてあることを照らし合わせ、その性質や特性を確認するのが日常だった。

ある日、家の外でカブトムシがジョロウグモの巣に引っ掛かり、食べられているところを見つけた。鈴木少年は、図鑑に「カブトムシは森の王者で最強だと書いてあったのに!」と目を疑った。帰宅した鈴木少年は母親にその様子を話し、「この図鑑に書いてあることは、間違ってる」と訴えた。すると、母親はこう言った。

「それなら、図鑑を書き直せば?」

この日以来、鈴木は自分が観察した内容を図鑑に書き記すようになった。書き込みで埋まったその図鑑は、今でも実家で保管されている。

「図鑑って正しいと思っちゃうでしょ。でも間違っていることもあるし、自分の目で見たものが正しいんだっていうのをその時に学んだんです。でも、母はもう覚えてないって(笑)」

もうひとつ、鈴木の人生に大きな影響を及ぼした母親の言葉がある。小学2年生の時、自然や動物を特集したNHKの番組を観ていたら、母親が「生き物ってまだわかってないこといっぱいあるから、動物の学者とか面白いんじゃない?」とつぶやいた。

その言葉を聞いた鈴木少年は、小学2年生の文集に将来の夢を「動物学者」と書いた。

スズメのヒナとの出会い

父親の仕事の都合もあり、何度かの引っ越しを経て、10歳ごろに東京に戻った鈴木は、東京の国立市にある桐朋中学・高等学校に入学。そこで生物部に入り、同好の士と出会って、6年間、観察三昧(ざんまい)の日々を過ごす。

この部活で、鳥と出会う。高校2年生の春に開催された文化祭の時、たまたま文化祭を見に来ていた一般の人が、生物部に「巣から落ちたようだ」とスズメのヒナを持ってきた。

巣立ちの練習をするヒナが道端に落ちてしまうのは珍しくなく、たいてい、近くで親鳥が見守っている。そのため、落ちたヒナはそっとしておくのがいいそうだが、それを知らず「かわいそう」と拾ってしまう人も多い。

部員がヒナを受け取った際、どこで拾ったのかを聞き忘れてしまい戻せなくなったため、やむを得ず、一時的に部室で保護することになった。数日後、元気になったスズメは、鈴木を覚え、餌をねだるようになった。その様子を見て、鈴木は「知性」を感じたという。

「それまではインコを飼ったりしていましたが、スズメのヒナとの出会いから、野鳥の暮らしがとても気になるようになったんです」

これを機に初めて本格的な双眼鏡を買った鈴木は、鳥の観察にのめり込んでいく。

「ヂヂヂヂッ」は「集まれ」と気づいた日

東邦大学の理学部生物学科に進んだ鈴木がシジュウカラの言葉に出会ったのは、2005年、大学3年生の時だった。2月、卒業論文のテーマを決めようと、軽井沢を訪れた。「1泊500円で宿泊できる大学の山荘がある」というのが理由で、「1週間ぐらい滞在すれば、なにかテーマが見つかるだろう」と気楽に考えていた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

印首都の車爆発、当局がテロとの関連含め捜査中 少な

ワールド

焦点:英BBC、「偏向報道」巡るトップ辞任で信頼性

ビジネス

街角景気10月現状判断DIは2.0ポイント上昇の4

ワールド

タイ、カンボジアとの停戦合意履行を停止へ 国防相が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 7
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 8
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中