最新記事

動物

世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」

2022年6月18日(土)12時38分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載
京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん

京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん 筆者撮影


「鳥の言葉」の解読に成功した若手研究者がいる。京都大学白眉センター特定助教の鈴木俊貴さんは、10年かけてシジュウカラの鳴き声を集め、鳥が言葉を話すことを突き詰めた。「僕は、シジュウカラという動物を世界で一番見てるんで」と話す鈴木さんの生態を、フリーライターの川内イオさんが取材した――。


世界で初めて鳥の言葉を解明した男

「今、ヂヂヂヂッて鳴いたでしょ。シジュウカラが集まれって言ってます。向こうに何羽か残ってるから、こっちに来てって呼んでますね」
「今、ヒヒヒって聞こえました? あれはコガラが『タカが来た』と言ってます。それを聞いて、シジュウカラも藪(やぶ)のなかに逃げたでしょ。日本語と英語でダイレクトに会話しているような感じで、ほかの鳥の言葉も理解してるんです」

某日、まだ雪が残る軽井沢の森のなかを、京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴とともに歩いた。シジュウカラの研究を通して、世界で初めて「動物が言葉を話していること」を突き止めた鈴木は今、国内外で脚光を浴びている研究者だ。

鈴木の研究は、「知能の高い動物が人間の言葉を理解する」とか、「特殊な鳴き声や音波でコミュニケーションをとっているらしい」というレベルのものではなく、シジュウカラが20以上の単語を持ち、それらを組み合わせて話していることを明らかにした。つまり、言語能力を証明したのだ。これはまだ、ほかの動物では実証されていないことである。

newsweek_20220617_214944.jpg

シジュウカラ 写真提供=鈴木さん

鈴木によると、軽井沢には80種類以上の鳥が住んでいて、他の地域と比べるとシジュウカラの数も多いという。この森のなかで、鈴木は1年のうち6カ月から8カ月を過ごす。

山のなかにいると、鈴木が常に鳥の声に耳を澄まし、動きを目で追っているのがわかる。あちこちから聞こえてくる「シジュウカラ語」が気になって仕方ないそうで、「人と喋(しゃべ)っていても、そっちに気を取られちゃうから、よく怒られます。テレビを観てても、背景の音によくシジュウカラの声が入っているから、集中できません」

一人で始めた「動物言語学」という新領域

古代ギリシアの時代から現代まで、「地球上で言葉を持っているのは人間だけ」というのが、科学の常識だった。それをたったひとりで覆した鈴木の研究は国際的に非常に高い評価を受けていて、今年8月にスウェーデンで開催される動物行動学の学会では、基調講演を担当する。そこで「動物言語学」の創設を提言するという。

「これまで、動物の声に個体差があるとか、感情を表現していると調べた人はいましたが、そこに人間の言葉と似たような能力が隠されているかどうかは、誰も調べてきませんでした。動物言語学という学術分野を作ることで、イルカは? サルは? とほかの動物に広がりが生まれてほしいんです。言葉を持っている人間だけが特別な存在というのはおかしいと思うから」

日本発で、新しい学問のジャンルが生まれるかもしれない。その学問によって、ドラえもんのひみつ道具「ほんやくコンニャク」を実現するような、種を越えたコミュニケーションの可能性も拓ける。人類の歴史に一石を投じるような研究を進める鈴木は、「小さい時から、やってることはぜんぜん変わらないですね」と笑った――。

京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん

京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん 筆者撮影

「それなら、図鑑を書き直せば?」今も忘れない母親の言葉

1983年、東京都の練馬区で生まれた鈴木の少年時代は、生き物の思い出で溢(あふ)れている。身近で捕獲できるバッタなどの昆虫、カエル、トカゲ、カタツムリなどのほか、魚やカニなど20種類ほどの生き物を常に自宅で飼育していた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中