世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」

2022年6月18日(土)12時38分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

「ダーウィンの進化論は正しかった」

鈴木は実験を重ねて、科学誌『Nature Communications』に論文を発表。Nature誌の編集部からその週のベスト論文にも選出され、世界中から注目を浴びた。自信を得た鈴木は先人なき荒野、いや誰もいない森のなかをズンズンと突き進む。

もっとも印象に残る発見は博士後期課程1年、立教大学大学院に在籍していた時のこと。2008年6月10日、軽井沢の森のなかで決定的な瞬間を目撃した。

巣箱をチェックしてまわっている時、それまで聞いたことのない「ジャージャーッ、ジャージャーッ」という声が響いた。なにごとかと鳴き声のした方向を見ると、アオダイショウが木を登り、巣箱に迫っていた。そして、次の瞬間、なんと巣箱のなかにいたヒナが一斉に飛び出してきたのだ。

「ヤバい......」

鈴木は鳥肌が立つのを感じた。実は大学院に入ってからの研究で、カラスを見た親鳥が「ピーツピ」と鳴くと、ヒナが鳴き声を静めてうずくまることがわかっていた。居場所を悟られると捕らえられ食べられてしまう危険性が高いため、親鳥が「カラスだ!」と知らせているのだ。

newsweek_20220617_221521.jpg

ジャージャー(ヘビだ!)と聞いて地面を探すシジュウカラ 提供=鈴木さん

しかし、ヘビが木を登って迫っている時に巣箱でじっとしていたら、全滅してしまう。そこで、親鳥が「ヘビだ!」という意味で、「ジャージャーッ」と鳴くと、巣箱から飛び出すのだ。ここで重要なのは、ヒナは巣箱から出たことがなく、カラスもヘビも見たことがないということ。

「ヒナが親鳥の声をそこまでちゃんと聞き分けているなんて、想像していませんでした。親鳥が『ヘビだ!』と警告すると、ヒナはとにかく巣箱から外に出なきゃいけないと認識するんだと思います。同じように、『カラスだ!』と言われると、声を潜める。本能的に親鳥の声を識別してるんです」

カラスとアオダイショウを恐れるシジュウカラは、いつの頃からか、カラスとヘビを表す言葉を使い分けるようになり、それを生まれた時から聞き分けることができるヒナだけが生き延びてきた。まさに自然淘汰の結果である。シジュウカラの進化の過程を目の当たりにしたように感じた鈴木は、「やっぱり、チャールズ・ダーウィンの進化論は正しかったんだ」と、その場で強く実感したという。

鈴木は、興奮しながらこの発見を教授に伝えた。しかし、返ってきたのは「そんなに、たいしたことはない」という冷淡な反応だった。ここで落ち込む学生もいるだろうが、図鑑すら信じていない鈴木は、「先生は間違ってる!」と突っぱね、独断で論文をまとめ、3年後、著名な米科学雑誌『Current Biology』に投稿した。

「ジャージャーッ」は悲鳴か、単語か

シジュウカラの研究で博士号を取得した鈴木が次に証明しようと考えたのは、シジュウカラの「ジャージャーッ」という声がヘビを意味する単語になっているのかということだ。

「シジュウカラがヘビを見た時、ただ単に怖いという感情で鳴いていて、その感情が仲間に伝わっているだけって可能性もありますよね。まさに、一度もヘビを見たことのないヒナが巣箱を飛び出せるのは、そういった能力だと思うんです。でも、実はこの声、つがい相手(親鳥)にもある行動を促すんです。『ジャージャーッ』という声をスピーカーから聞かせると、親鳥はまず、地面を見る。それで見当たらなければ、木の穴や茂みまで探しに行くんです。ヒナと違って親鳥はヘビの姿をよく見ているはずなので、『ジャージャーッ』という声からヘビをイメージし、探しているんじゃないだろうか、と考えたんです」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米1月輸入物価、0.2%上昇 エネルギー安を資本財

ビジネス

米労働生産性、第4四半期は2.8%上昇 伸び鈍化も

ビジネス

米新規失業保険申請件数は横ばいの21.3万件、労働

ワールド

トランプ大統領、イラン次期指導者の選出に「関与する
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    「え、履いてない?」モルディブ行きの飛行機で撮影された、パイロットの「まさかの姿」にSNS爆笑
  • 3
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 4
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 5
    対イラン攻撃に巻き込まれ、湾岸諸国が存立危機
  • 6
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリン…
  • 7
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 8
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「旅客数が多い空港」ランキン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中