世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」

2022年6月18日(土)12時38分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

もし「ジャージャーッ」という声がヘビを意味する単語であれば、それを聞いたシジュウカラはヘビの姿をイメージしているはすである。ちょうど私たちが、「ドラえもん」と聞いてその姿を思い描けるのと一緒だと鈴木は話す。

誰もが納得できるような形で、科学的に証明するすべはないか......。日本学術振興会の特別研究員SPDとして研究を続けていた2014年のある日、軽井沢の民宿でボーっとしていたら、ひらめいた。

「見間違いを利用しよう!」

直面した難問、10年越しの答え

心霊写真を思い浮かべるとわかりやすい。「白いモヤがかかった部分に女の人の顔が写っている」と言われてから、その写真を手に取ったとする。ハッキリとは映ってなくても、それっぽい陰影があると、なんとなく「女の人の顔」に見えてくる。

脳が「女の人の顔」をイメージして探し始めるという反応で起きる。

同じように、シジュウカラに「ジャージャーッ」という声を聞かせる。その時、まるで木を這うヘビのように木の枝を動かしてみるというアイデアだ。木の枝はどこにでもあり、多少動いたところで普段のシジュウカラは気にしないが、「ヘビだ!」という声がした時にどう反応するか?

「例えば集まれ、ヂヂヂヂッ(集まれ)という声で呼んで棒を見せても近づかないし、ほかの天敵を追い払う声、例えばピーツピ・ヂヂヂヂ(警戒して集まれ)でも見向きもしませんでした。でも、ジャージャーッという声の時だけ、12羽中11羽が1メートル以内にまで近づいて、棒を確認しました。残りの1羽も、1メール近くまで来ました」

この実験により、「ジャージャーッ」という鳴き声がヘビを見た恐怖心を表す悲鳴ではなく、「ヘビ」という単語であり、ヘビそのものをイメージしていることが想定される結果になった。この実験は準備に時間がかかったため、論文として発表したのは2018年。これは、アメリカの科学誌『PNAS』の表紙を飾る成果となった。「ジャージャーッ」という鳴き声を聞いてから、10年がたっていた。

newsweek_20220617_222200.jpg

巣箱を確認する鈴木さん 筆者撮影

新たな発見のヒントになった「ルー語」

この論文と同時進行で、2016年にはルー大柴が日本語と英語を組み合わせて使う「ルー語」を応用したユニークな実験も行った。

例えば、ルー大柴が「藪からスティック」と言った時、多くの日本人は「藪から棒」と理解する。それは、「AからB」という日本の文法に沿ったうえで、棒=スティックという日本語と英語の変換が脳内で行われるからだ。「藪、棒」という単語だけだと意味がわからないし、「棒から藪(BからA)」では意味をなさないから、理解の前提として文法が重要だということがわかるだろう。

冒頭に、シジュウカラはコガラの言葉も理解すると記した。コガラ語の研究もしている鈴木によると、シジュウカラに比べてコガラ語のバリエーションは少ないながら、「ディディディ」は「集まれ」、「ヒヒヒ」は「タカ」などの異音同義語があり、シジュウカラはその言葉にも瞬時に反応する。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中