最新記事

自己啓発

多くの冒険家が「43歳」に命を落とすのはなぜ? 経験の豊かさと肉体の衰えが交差するとき

2022年4月24日(日)17時25分
角幡唯介(ノンフィクション作家 探検家) *PRESIDENT Onlineからの転載
犬ぞり

PaoloAirenti - iStockphoto


植村直己、河野兵市、長谷川恒男、星野道夫、谷口けい......。多くの登山家・冒険家は43歳で亡くなっている。探検家の角幡唯介さんは「おそらく経験の拡大に肉体が追いつかなくなり、万能感をいだいてしまうのだろう。そうした『43歳の落とし穴』を知っているからこそ、42歳の私はまた北極の探検に向かった」という――。

※本稿は、角幡唯介『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』(集英社)の冒頭部「四十三歳の落とし穴」を再編集したものです。

不吉な死の予言

村に来て何日かたったころだった。降りつもる雪を踏みしめて、イラングアが私の家にやってきた。

グリーンランド最北の村シオラパルクには今、四十人ほどしか住んでいない。二十代の男はわずか数人で、他の連中は隣のカナックや南部の都市にうつってゆき、日本の山村と同じように過疎化が進んでいる。イラングアは、わずか数人しかいない村の若い男連中のひとりだ。

彼が私の家に来るのは、めずらしいことではない。イヌイット社会には伝統的にプラットという、文字通りぷらっと他人の家を訪問してコーヒーを飲んだり、ぺちゃくちゃ喋ったり、賭け事に興じたりする交流、暇つぶしの習慣がある。私は片言の現地語しか話せないし、客人をうまくもてなせるタイプでもないのでプラットにやってくる人は少ないのだが、人づきあいのいい彼は毎日のようにやってくる。そして誰それが猟に出て海豹(あざらし)を二頭獲ったとか、今日は天気が悪いからヘリは来ないよ、といった雑多な生活情報を教えてくれる。愛想がよくていつもケタケタ笑い声をあげ、冗談ばかり言って私をかつぐ、気のいい若者である。

そのイラングアがこの日にかぎっては、いくぶん真剣な眼差しでこんなことを言うのだった。

「カクハタ、あんた今四十二歳だろ。日本人は皆四十二歳で死ぬから、今年は旅をしないほうがいい。行ったら、あんた、死ぬよ」

これから旅に出ようという人間に、よくもそんな縁起でもないことを言えるなあ、と私は変に感心した。

「四十二歳は日本人にとって不吉な年なんだろ。ナオミだって死んだ。カナダで氷に落ちて死んだのもいただろ。日本人はみんな四十二歳で死ぬんだ。たぶんあんたも北方の旅から村にもどる途中、イータの地に立ち寄り、そこで命を落とすことになる。あんたの遺体はオレが六月に鴨の卵を取りにボートでイータにむかったときに発見することになるだろう。本当だよ」

ナオミというのはグリーンランドで英雄視されている冒険家植村直己のことであり、〈カナダで氷に落ちて死んだ〉というのは河野兵市である。植村直己が厳冬期のアラスカ・デナリで消息を絶ったのは一九八四年、一方、河野兵市は二〇〇一年に北極点から故郷愛媛をめざす壮大なプロジェクトの途上で氷の割れ目から海に落ちた。いずれも亡くなったときの年齢は同じだ。

それにしても......と私は不思議だった。どうして彼は、日本人冒険家の死亡年齢のようなマニアックな情報を知っているのだろう。日本の探検・冒険界でさえ、よほど関心のある人しかそんなことは知らないはずなのだが......。千里眼か? といささかうす気味悪くなった。

イラングアはにやにやと悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべた。

「ふふふ、オレはアンゲコだからね」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中