ボランティア集団の戦況分析「オープンソース・インテリジェンス」が、情報戦を変えた
スマホとSNSの動画が諜報活動の主役に
これまで諜報活動といえば情報機関の独壇場だったが、OSINTの浸透によって門戸は一気に広がった。科学ニュースサイトの『ZMEサイエンス』は、このうねりを「情報の民主化」だと形容している。
以前はNATO加盟国がロシアの動向を監視する際、高価なスパイ衛星と専門の諜報員の活動に頼っていた。同誌は、いまでもこうした手段も並行して用いられているとしながらも、「ソーシャルメディア、ビッグデータ、スマートフォンや低コストの衛星などが主役の座を奪った」と述べ、さらに「Twitterからのデータ収集は、情報処理部隊が使う他のあらゆるツールと並ぶほど重要なものとなった」と強調している。
一部のOSINT活動には、一般市民も協力できる。Googleマップ上の特定のマップデータには、ロシア軍の部隊の現在地と動向が記録されている。部隊を目撃した一般市民から専門家まで、有志が情報を更新することが可能だ。ウクライナ軍は収集されたデータを活用し、作戦に反映している。
国際ニュースチャンネルの『フランス24』はこの事例を取り上げ、SNS以前の時代であれば情報共有には遅延が付き物であったが、ウクライナ戦ではほぼリアルタイムで情報の共有とOSINTによる分析が進むようになってきたと解説している。
シリア内戦で成果が認められる
OSINTが世界に広く認知されるきっかけとなったのは、2012年のシリア内戦だ。イギリスのエリオット・ヒギンズ氏は当時、まだ報道されていない真実を読み解きたいとの思いから、YouTubeやTwitter、そしてメッセージアプリの「WhatsApp」グループなどを通じ情報収集を進めた。
断片的な情報をデータベース化した氏のおかげで、シリア全域でクラスター爆弾491本がさく裂していたことが発覚している。この成果が主要メディアや人権団体などに引用され、氏のボランティア活動は大きな功績を残す結果となった。ヒギンズ氏はのちに、英調査報道サイト『ベリングキャット』の創設者となる。
ベリングキャットは2018年、英国MI6の二重スパイの毒殺未遂に関わったロシア軍諜報員の身元を暴いた。利用したのはこの際も、飛行データやリーク済みのロシアのデータベースなど、公知の内容だ。民間組織であるベリングキャットが諜報機関並みの成果を挙げたとして、当時世界の注目を集めた。
ウクライナでは戦犯の証拠を収集
今回のウクライナ侵攻に関しても、ベリングキャットは着実な成果を積み重ねている。これまでに、ジュネーブ条約で禁止されているクラスター弾が使用された証拠を収集し、その射出元の算出を行なった。
MITテクノロジー・レビュー誌は、ベリングキャットにボランティアで加わったイギリスの23歳の若者の例を取り上げている。オンラインでの情報収集能力を役立てたいと立ち上がったこの若者は、 ロシアのプーチン大統領を国際刑事裁判所に追訴するうねりに加わろうと、ベリングキャットの一員として戦争犯罪の証拠収集を進めている。
腕に覚えのある一般市民が大義を果たせるのも、誰もが参加できるオープンソースを謳うOSINTならではの特色だ。
進化するOSINTの手法
OSINTは最新の技術を取り入れ、常に進化を続けている。ここ数年では技術のトレンドに乗り、機械学習が重要性を増してきた。これまでは膨大な画像一枚一枚を人間の目で評価しなければならなかったが、機械学習はこの下処理を担当できるレベルにまで発達している。
機械学習は特定のパターンを認識することに長けているため、着目したいタイプの画像をいったん学習させれば、人間では到底処理できない量の画像と動画のなかから、関連度の高いファイルだけを抽出することが可能だ。最終的には専門の分析官の判断を必要とするが、これによってOSINTの活動効率は飛躍的に向上した。
玉石混交のデータの海から意味のある情報を汲み取るため、OSINTは今日も発展を続ける。情報分析に長けた専門のコミュニティが、Googleマップなどありふれたサイトから専門のツールまでを駆使し、日々真相の追求にあたっている。