最新記事

芸術

ロシアの芸術家にプーチン批判を求め、「祖国」を捨てさせるのは正しい行動か

MUSIC AND POLITICS

2022年3月10日(木)18時00分
藤井直毅(ジャーナリスト)

220315P40_GGF_05.jpg

ソ連共産党に面従腹背だったショスタコービチ ULLSTEIN BILD/GETTY IMAGES

ショスタコービチは社会主義リアリズムの名の下に政治が芸術を統制するスターリン政権下で、ソ連共産党機関紙プラウダによる批判、そして体制の緩みを引き締めるため党中央が芸術全般を弾圧した「ジダーノフ批判」という2度の強い迫害にさらされた。ただ彼は迎合的・党賛美にも見える曲を書いて「プロパガンダ作曲家」と揶揄されながらも権威主義体制への批判精神を失わず、多くの作品を残した。

とはいえ、表現者ではあっても創造者ではないゲルギエフが、同じような方法でしたたかに面従腹背することも難しい。

ゲルギエフのデビューは文豪トルストイの長編小説を原作とした歌劇『戦争と平和』の指揮だった。そして彼は国連設立50周年を記念して95年につくられ、平和を訴えたり、復興を記念する行事があるときのみ活動する楽団「ワールド・オーケストラ・フォー・ピース」の指揮者を97年から務めている。

音楽家に銃で何かを解決することはできない

現在、楽団のSNS公式アカウント上ではウクライナ侵攻で釈明・意思表示を求められた共同創設者によって、10年のドキュメンタリー番組内のインタビュー映像が「ゲルギエフの平和の希求への意思表示」として紹介されている。彼は自らこう語っている。

「軍人でも政治家でもないわれわれ音楽家は、制服を着て、あるいは銃を持って何かを解決することなどできない。われわれにできるのは、ただただ(平和への)意思表示を行い続けることだけだ」

ゲルギエフはこの言葉どおりに行動せよ、という意見は正論ではある。さりながら、そうすればたった1日で、そして最悪の場合は永遠に祖国を捨てる決断を迫ることにもなる。たとえそれが彼のこれまでの交友や発言の蓄積が招いた結果であるとしても、簡単な踏み絵ではない。

芸術家の苦悩は終わらない。

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中