最新記事

芸術

ロシアの芸術家にプーチン批判を求め、「祖国」を捨てさせるのは正しい行動か

MUSIC AND POLITICS

2022年3月10日(木)18時00分
藤井直毅(ジャーナリスト)

もちろんそうした打算的な関係だけではない。

『オリエンタリズム』などの著作で知られるパレスチナ系アメリカ人のエドワード・サイードとイスラエル人の指揮者ダニエル・バレンボイムは1999年にウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団を創設。イスラエルとアラブ諸国出身の若手演奏家が集まり、1つのオーケストラとして合奏することで対立する双方の相互理解につなげたいという理念を形にした。サイードが03年に死去した後、さまざまな困難に行き当たりながらも現在でも演奏活動を行っている。

政治的な活動や平和運動のために設立したわけではない。ひとりの人間として相手の奏でる音や動きを見て聞くことで、相手を理解して敬意を払うようにしてほしい――現在も楽団を率いるバレンボイムは、朝日新聞の取材にこう語る。

ほかにも、ナチスドイツによるソ連侵攻から50周年を迎える91年の記念日に、ドイツとソ連(当時)の演奏家によって結成されたオーケストラによる演奏会でのパフォーマンスは名演奏として今でも高く評価される。欧州で最も有名なフェスティバルの1つ、ザルツブルク音楽祭は第1次大戦後、戦争により分断した欧州を芸術の力で融和させようと作曲家リヒャルト・シュトラウスなどを中心に創設され現在まで続く。

このように音楽が統合の象徴として用いられながら、同時に音楽そのものとして高い評価を得ている例も数多い。

独裁者の保護を受けた社会的活動

崇高な理念が政治体制と妥協を迫られることもある。貧困の中で薬物や犯罪に走りがちな若者に楽器を教え、そこで育ったメンバーで構成されるベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの演奏は一時世界的なブームを巻き起こした。しかし、その教育システムは独裁者ウゴ・チャベスと後継者ニコラス・マドゥロによる手厚い保護によって育てられ、国家のイメージアップの道具としても利用されてきた。

220315P40_GGF_04v2.jpg

「育ての親」のマドゥロ体制に今は背を向けるドゥダメル(2009年) CARLOS GARCIA RAWLINSーREUTERS

その申し子ともいえる指揮者グスターボ・ドゥダメルは現在、政権と袂(たもと)を分かっている。しかし公にそうした態度表明を行うことは、彼が少なくともマドゥロ政権が続く間は故郷に帰れなくなることをも意味する。

ゲルギエフが学び、プーチンが政治家としてのキャリアを築いた街サンクトペテルブルクが生んだ大作曲家にショスタコービチがいる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円安急進、日銀が追加利上げ明確に示さ

ワールド

ベネズエラ情勢巡る「ロシアとの緊張高まり懸念せず」

ビジネス

米11月中古住宅販売、0.5%増の413万戸 高金

ワールド

プーチン氏、和平に向けた譲歩否定 「ボールは欧州と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中