ロシアの芸術家にプーチン批判を求め、「祖国」を捨てさせるのは正しい行動か
MUSIC AND POLITICS
ゲルギエフはミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者からも解任された PETER KNEFFELーPICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES
<ウクライナ侵攻後に相次いでポストを失った世界的指揮者で「プーチンの盟友」でもあるゲルギエフ。政治と芸術の距離感がいま問われている>
2月25日、ニューヨーク市マンハッタンの中心部にあるアメリカ最高のコンサート会場、カーネギーホールでのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の公演に、予定されていた指揮者の姿はなかった。
ラフマニノフというロシアを代表する作曲家の作品を演奏するために本来起用されていたのは、同じくロシア出身の世界的指揮者ワレリー・ゲルギエフ。同時に協奏曲のソリストとして予定されていたロシア人ピアニストも降板がアナウンスされた。
発表には明記されていないが、広報担当者はメディアの取材に対して「昨今の世界的規模の出来事」が理由だとコメントしている。コンサート自体は急きょ代役を立てて行われたが、あまり息の合わない演奏だったようだ。
ゲルギエフは23日、ミラノ・スカラ座で公演を行ったばかりだった。だがロシアのプーチン政権による翌24日のウクライナ侵攻直後から、「それを非難しなかった」として手にしていたスカラ座を含む名門歌劇場やオーケストラでの地位を相次いで追われ、マネジメント会社との契約も解消された。
ゲルギエフは、ウラジーミル・プーチンが1990年代初頭にサンクトペテルブルク市で政治家としてのキャリアをスタートさせた頃からの知己で、2012年に大統領選のテレビコマーシャルに出演したり、14年のクリミア併合に賛意を示したりと、これまでもその忠実な支持者と見なされ批判も少なくなかった。今回も高い知名度も相まって真っ先にやり玉に挙げられたと言えるだろう。
権力者による芸術「支援」と「利用」
プーチン政権はウクライナ侵攻の理由の1つを「非ナチス化」だと語る。だが、そのナチスドイツも希代の名指揮者として名高いフルトベングラーや作曲家ワーグナーのオペラを、権威を高めるための舞台装置として利用してきた。
もちろんナチスだけではなく、古来よりオーケストラは王侯貴族の持ち物だったし、コンサートのチケット収入によって自力で収入を得るようになった後も権力者や富豪たちが自らの権勢を示すために芸術家を「支援」してきた歴史がある。
一方、事務局・裏方・演奏家など100人以上を養う必要がある現代のオーケストラの懐事情はどこも非常に厳しい。楽団を運営し、演奏の拠点をつくり、音楽祭などの大規模イベントを仕掛けようと思えば、おのずから多くの資金を含む援助が必要になる。お互いの思惑がそこで一致するのだ。奏でられる音楽が持つ高い芸術性は、それが無垢であることを必ずしも意味しない。