最新記事

シリア 

米国が、シリアでイスラーム国指導者を殺害 その意味とは

2022年2月7日(月)15時25分
青山弘之(東京外国語大学教授)

動く米国

こうした言葉に応えるかのように米国は動いた。

だが、それはトルコ軍の動きを抑止するためではなかった。クラシーを暗殺する軍事作戦を実行したのである。

バイデン大統領が2月3日に行った説明によると、作戦では、民間人の犠牲者を最小限に抑えるための配慮がなされ、子供や家族を人間の盾にしたクラシーに対して爆撃ではなく、特殊部隊による強襲を実行、クラシーは住宅の3階部分で着用していた自爆用ベルトを爆発させ、家族を道連れにして自殺した。

バイデン大統領の発表と前後して、反体制活動家(組織)や反体制系メディアは、複数の地元筋の情報をもとに、作戦の詳細を克明に記した。その内容をまとめると以下の通りである。

作戦は2月2日深夜0時頃、イドリブ県のアティマ村近郊にある住宅に対して米特殊部隊によって開始された。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、この住宅は、シャーム解放機構支配下の「解放区」の北端に位置していたが、トルコとの国境から500メートルも離れておらず、またトルコの占領下(「オリーブの」枝地域内)にあるアレッポ県のダイル・バッルート村に隣接し、そこにはシリア国民軍の検問所が設置されていた。建物は3階立てではなく2階立てで、シャーム解放機構の司令官の1人と目されるアブー・フサーム・ビリーターニーも潜伏先として使用していた。

aoyama0207image2.jpeg

出所:ANHA、2022年2月3日

作戦に参加したヘリコプターはANHAによると3機、反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤによると7機。アイン・アラブ市にあるシリア民主軍の基地を離陸し、トルコ占領下のシリア北部の上空を通過して、現地に向かった。

シリア人権監視団は、作戦実施に先立って、有志連合のヘリコプター複数機が、アイン・アラブ市東のハッラーブ・ウシュク村近郊に位置するラファージュ・セメント工場に2回に分けて着陸したと発表していた。この工場は、2016年3月から2019年10月まで米軍が駐留、現在はシリア民主軍が基地として使用している施設だ。2時間ほど基地に滞在したのち、アイン・アラブ市方面に向かったというヘリコプターは、グワイラーン刑務所に収容されていたイスラーム国のメンバーを別の刑務所に移送していると考えられていた。だが、実際にはクラシー殺害の任務を帯びていた。

ヘリコプターは2時間半以上にわたってアティマ村近郊の上空で旋回を続け、強襲に先立って、重火器で攻撃を加えた。ワシントンDCを拠点とする無所属系サイトのステップ・ニュースなどによると、攻撃にはF-16戦闘機複数機も参加した。この攻撃と合わせて、特殊部隊は拡声器を通じて、住民に外出しないよう警告するとともに、クラシーらに投降を呼びかけた。シリア人権監視団によると、拡声器ではまた、住民らに退去が呼びかけられたという。

クラシーらが投降を拒否したことで戦闘となり、最終的に彼を含む13人が死亡した。しかし、犠牲者についての情報は錯綜した。

シャーム解放機構に近いホワイト・ヘルメットの発表によると、13人のうちの6人が子供、4人が女性とされた。

だが、シリア人権監視団は、子供と女性はそれぞれ4人と3人で、爆発で遺体がバラバラになったのが3人、そして身元不明者3人だったと発表した。また、遺体がバラバラになった3人のうち1人は、シリア人でない外国籍の女性で、着用していた自爆用ベルトを爆破させ、自殺を図ったと明かした。のこる2人については男性であることは確認されたが、年齢は不明だとされた。

犠牲者の身元、死因についても判然としなかった。

シリア人権監視団によると、死亡した13人のうちの1人はシャーム解放機構のメンバーで、銃撃戦が行われた場所の近くに武器を携帯していたために「過って殺害された」男性だった。3人の女性はクラシーの妻だったと考えられたが、住宅の1階に居住していたという女性は、クラシーの妻は1人しかいなかったとしたうえで、死亡したのが、クラシーの妻、外国籍の妹、そしてこの妹の娘だと証言した。だが、この外国籍の妹と自爆した外国籍の女性が同一人物かどうかは不明だった。4人の子供については、2人がクラシーの子供とされたが、のこりの2人の身元は明らかではなかった。このほか、クラシーの護衛を務めていた男性、妹の夫が死亡したとの情報もあったが、真偽を確認することはできなかった。

シャーム解放機構メンバーを除く12人全員がクラシーと外国籍の女性の自爆によって死亡したのか、特殊部隊の攻撃による死者がいたのかも明らかではなかった。

作戦そのものについても、バイデン大統領が明かさなかった事態が生じていたことが判明した。シリア人権監視団は、作戦に参加したヘリコプターが戦闘後も、アティマ村から14キロほど離れたアレッポ県のジャンディールス町一帯の上空で30分ほど旋回を続けたと発表した。これに関して、『ニューヨーク・タイムズ』は、ヘリコプター1機が作戦遂行中に機械系統の故障で不時着、作戦完了後に特殊部隊がこれを爆破したと伝えた。だが、反体制系サイトのイナブ・バラディーは、作戦遂行中にカラシニコフ銃の掃射を受けてジャンディールス町近郊に不時着したと伝え、SNSで拡散されたというヘリコプターの残骸の写真を転載した。

aoyama0207image3.jpeg

出所:イナブ・バラディー、2022年2月3日

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中