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米国が、シリアでイスラーム国指導者を殺害 その意味とは

2022年2月7日(月)15時25分
青山弘之(東京外国語大学教授)

グワイラーン刑務所襲撃・脱獄事件

こうしたなか、1月20日にグワイラーン刑務所がイスラーム国のスリーパー・セルの襲撃を受け、収容されていたメンバーが脱獄を図るという事件が発生した。

これに対して、シリア民主軍と北・東シリア自治局の治安部隊である内務治安部隊(アサーイシュ)は「人民の金槌」と銘打った大規模な追跡・掃討作戦を開始し、有志連合がイスラーム国のメンバーが立て籠もる刑務所内外の施設に対して爆撃を行うなどして、これを支援した。作戦は困難を極めたが、2月初めまでに事態は収拾した。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、事件に伴う戦闘で2月2日までにイスラーム国のメンバー307人、シリア民主軍、アサーイシュ、刑務所職員ら136人、民間人7人の計450人が死亡した。戦闘の結果、イスラーム国のメンバー2,500人以上がシリア民主軍やアサーイシュに投降したが、数十人が脱獄に成功した。なお、真偽は定かでないが、ロシアのスプートニク通信は1月29日、アラブ諸国、ベルギー、オランダ出身のメンバー約750人が、米軍とシリア民主軍の手引きで脱獄に成功し、シリア南部に向かったと伝えた。

事件を未然に防ぐことができず、大規模な戦闘へと発展したことは、シリア民主軍やアサーイシュの治安維持能力の欠如、北・東シリア自治局の統治能力の低さ、そして後ろ盾である米国のテロ対策の不備を示していた。

また、危機管理体制の弱さも露呈した。戦闘が始まった1月20日以降、刑務所があるグワイラーン地区やその南に隣接するズフール地区から多くの住民が政府の管理下にある市内中心部のいわゆる「治安厳戒地区」に避難した。国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、その数は4,000世帯を超えた。彼らは、シリア軍が設置した安全回廊を通って避難し、仮設避難センターに収容され、県の社会問題労働局が、シリア赤新月社、NGO、住民ボランティアなどとともに食糧や医薬品を提供、支援を行った。

これに対して、北・東シリア自治局は800世帯あまりを受け入れたものの、対応の遅れが目立った。自治局は、アサド大統領によって任命されたハサカ県知事が「国際機関による人道支援を妨害している」、「赤十字国際委員会は、政府支配地のみで活動する政府とつながりがある機関にしか支援しない」と主張したが、自らの責任を回避しようとする姿は何ともお粗末だった。

また、米国が事態収拾に手をこまねいたことで、ロシアにつけ入る隙を与えた。ロシア軍は1月25日、トルコ国境に近いハサカ県のカーミシュリー市の国際空港(カーミシュリー国際空港)に最新鋭のSu-34戦闘機2機を配備した。この動きは、有志連合がシリア北東部に駐留しているにもかかわらず、イスラーム国を排除できないことが、事件を通じて明らかになったためだと説明された。

事件発生と前後して、シリア軍も米軍に強気で対応するようになっていた。前年の11月頃から、ハサカ市やカーミシュリー市近郊の農村地帯に展開するシリア軍や住民が、米軍の車輌の進行を検問所で頻繁に阻止し、退却させるようになっていた。

ロシアと米国はウクライナで睨み合っているが、その前哨戦ともいえる小競り合いが起きていた。

シリア民主軍がトルコを非難

シリア民主軍は1月23日の声明で、トルコ占領下のシリア北部やイラクから参集したイスラーム国メンバー200人以上がグワイラーン刑務所を襲撃したと主張し、トルコが事件の黒幕だと断じた。

シリア民主軍、そして北・東シリア自治局、PYD、YPGはいずれもトルコのクルド民族主義組織のクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む。トルコ政府はこれらの組織をPKKと同じ「分離主義テロリスト」とみなすことで、その主要な活動拠点であるシリア北部やイラク北部への攻撃を繰り返してきた。

トルコ黒幕説の真偽は、PKKとトルコの長年にわたる敵対関係を踏まえたうえで見極める必要がある。とはいえ、こうした主張に説得力を与えたのが、ほかならぬトルコだったことは看過すべきではない。

なぜなら、トルコ軍は、グワイラーン刑務所襲撃・脱獄事件の発生に先立って、シリア民主軍が展開するシリア北部各所に無人航空機(ドローン)での爆撃などを通じて攻勢を強めるようになっていたからだ。トルコ軍は、「TFSA」(Turkish-backed Free Syrian Army)として知られる反体制部組織の連合体であるシリア国民軍とともに砲撃を続ける一方、1月9日にはアレッポ県のアイン・アラブ(コバネ)市内の2カ所を、12日には北・東シリア自治局の本部があるラッカ県アイン・イーサー市近郊のファーティサ村の民家を、2月2日にはハサカ県マーリキーヤ市近郊のタカル・バカル村の発電所を、3日にはハサカ県のダルバースィーヤ市近郊のバルザ村でシリア民主軍に所属する女性防衛隊(YPJ)の隊員らが乗った車をドローンで爆撃した。攻撃は、シリア民主軍だけでなく、国境地帯に展開するシリア軍の拠点にも及び、多数の兵士が死傷した。

シリア民主軍は2月3日の声明で、「トルコは、混乱をもたらすため、傭兵を使って(グワイラーン)刑務所を攻撃させたのと並行して、(ハサカ県の)タッル・タムル町、アイン・イーサー市一帯などを砲撃している」と主張した。それだけでなく、次のように表明し、米国に怒りの矛先を向けた。

「有志連合が承知しないかたちでトルコの攻撃が行われ得ないことは明白だ。結局のところ、我が市民、村々、施設、そしてそこで働く人々が砲撃される間も、有志連合は沈黙し、攻撃に正当性を与えている」。

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