地政学リスクを和らげるのは「水」? 気候変動対策で日本ができることとは
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沖 当時タイでは世界の約4割のハードディスクドライブを生産していたため、2011年のクリスマス商戦ではハードディスクドライブを使用する製品は軒並み値段が高騰しました。加えて、東南アジアでの自動車産業の中核を担い、ここで生産された部品を日本にも送っていた影響から、日本での自動車生産も減速を余儀なくされ、売り上げも落ち込みました。
岩崎 一国の風水害が世界中に波及していったのですね。
沖 鮮明になったのは、タイの災害への備えは、日本の問題でもあるということです。決して遠い国の出来事ではありません。他国の防災を直接日本政府が行うことはできませんが、JICAや民間企業による助言や事前準備の支援はできます。
見宮 そうですね。例えば、日本と同じような災害大国であるインドネシア、フィリピン及びベトナムに対して、JICAは広域BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を2015年に策定しています。
沖 台風や集中豪雨の予報によりある程度災害が予測できるようになったので、人の命は災害情報に基づく避難行動で守れます。一方で、災害でも直接被害より間接被害がひどくなっています。つまり、工場が壊されたとか金型がダメになったわけではなく、操業ができなくなった機会損失のほうがむしろ大きいのです。BCPを策定して、きちんと被害を最小限に抑えることは可能ですが、機会費用を含めると、守りきれているとは言い難い状況です。
岩崎 2015年に仙台市で開催された国連防災世界会議で合意された「仙台防災枠組」では事前防災投資が強調されています。これは、災害が起こってから復旧・復興にお金をかけるのではなく、災害が発生する前に、災害対策のためのインフラ整備に投資する事前防災投資が、直接被害を抑えるということを各国が認識した結果であると思います。
一方で、途上国では教育や道路整備などが最優先されるため、災害対策まではなかなか手が及んでいません。災害に強い社会をつくることが、企業の進出など経済効果の面でもメリットがあることをわかっていただくことで、防災・減災の強化に寄与する事前防災投資を促していけるのではないかと思っています。災害リスクを最小限に抑えたいと考える企業にとって、国が災害リスク削減のためにどの程度の備えを行っているかがますます重要なポイントになってくるはずです。
安全な水は幸福な社会を実現するための手段
岩崎 現在、世界で20億人が安全な飲料水を入手できていないと言われていますが、日本人はピンとこないかもしれません。そんな日本も、1950年代の映像を見ると、天秤棒をかついで水を一生懸命運ぶ女性の姿が映っています。1964年の東京オリンピックの直前には、「東京砂漠」という言葉が生まれるほど深刻な渇水に見舞われています。
沖 1964年当時と今を比べて、気温は上がり、雨の降り方もちょっと変わりましたが、年間降雨量は少し減ったくらいです。ですが近年には大渇水の経験はなく、当時は大渇水がありました。何が違うかというと、社会の開発段階です。開発というと自然を壊すようなイメージがあります。確かに、環境に負荷をかける構造物も設置されましたが、様々な水インフラを整備したおかげで私たちは安定して水を利用できるようになりました。
この状況が当たり前でない社会が世界中にはあります。水道がない、あるいは井戸もなくて水汲みに毎日何時間もかけなければいけない場所では、その作業は女性と子供に押し付けられることが多いのです。そうすると女性は社会経済活動に参画できないし子供だったら学校に行けず教育の機会が奪われます。
「水」はそうした人間らしく尊厳を持って生きるために必要なモノやサービスへのアクセスを確保するシンボルなのだと思います。安全な水へのアクセスがないような地域では、安定した食料の確保や住居、エネルギー、通信や道路、医療、ひいては金融決済に至るまで、日本にいると当たり前のインフラサービスが丸ごとない、と考えていただくのが良いと思います。
岩崎 都市に人口が急激に集中することによって、水道インフラ整備が追いつかず公衆衛生上の問題が発生しているとの声や、スーダンのように和平合意を契機に、民族融和を促進するための安全な水の供給体制をつくってほしいという声もあります。
沖 安全な水の供給は目的ではなくて、あくまでも手段なんです。目指すべきは、平和であったり、健康であったり、幸せな社会ということを忘れずにいたいですね。