最新記事

日本経済

不正転売について考えてみた

2021年12月16日(木)17時36分
廣瀨涼(ニッセイ基礎研究所)

4──なぜ転売品が欲しいのか

「正当な価格で手に入るはずの機会を失ってしまう消費者」と「欲しいと思っている消費者に商品が行きわたらない小売業者」がいるなど、「不正転売」によって多くの人々が不便さを被っているにもかかわらず、どうして不正転売はなくならないのだろうか。理由は明確で、不正に価格が吊り上げられた商品を買う人がいるからである。では、なぜそのような商品を買うのだろうか。もちろん様々な理由があるとは思うが、本レポートでは筆者の専門であるオタク9の消費心理から考察したいと思う。

そもそもオタクが消費するコンテンツの多くは贅沢品と同じ性質を持っている。日用品とは異なりキャラクターグッズの多くが生産数に限りがあるものが多い。また、供給数が少ないほど希少性を持つ「価値のあるもの」となり、「レア」なものとして、ブランド品同様、社会的に見せびらかしたくなったり、確保した時の満足度が高くなる10。オークションを例に挙げればわかりやすいが、キャラクターグッズやアイドルグッズなど生産の少ないものや地域限定販売のものに関しては、定価よりも高額に取引される傾向がある。Worchel, Lee and Adewole (1975)11の研究に準拠すれば、数量が少ないことで商品自体の評価が高まるため、生産数量が少ないということ自体が当該製品の価値を上昇させる要因になりえるのである。

そういった希少価値のあるグッズの購買機会を失わないことがオタクが自身の満足を充足していく要因となるのである。言い換えればオタクは購買機会を逸することを大変嫌う。入手ができないということは自身のコレクションのピースを欠くことを意味するからである。加えて他人は持っているのに自分は買えなかったという劣等感を抱くことになる。そのため自分の予算の中で買う事が出来る自身が欲しいと思ったものを入手できた上で、安心感や満足感を得ることができる。

オタク気質やコレクター気質のない読者のために補足すると、オタクは手に入れたことで得られる高揚感を得るためにグッズを収集している一方で、入手したことによる安心感を求めている側面もある。欲しいものの発売が決まると、そのグッズが自身の手元に来るまで不安に駆られ、そのグッズの事しか考えられなくなる。それはグッズを待ち遠しく思っているというよりも、自身の手元に本当に来るのかという「不安」の方が大きく、グッズが発売されること自体がストレスとなるのである。そのため、いざ手に入るとまずストレスから解放されると感じるオタクも多い。買う予算があるのに売り切れ等で購入できない時、その感情は後悔や妬みになるのである。このようなストレスや不安が生まれるのも、彼らが欲しいと思うものが希少であるが故のことであり、誰もが手に入れることができる変哲もないグッズを手に入れても高揚感には繋がらないのである。

────────────────
9 筆者のオタクの定義は(1)「自身の感情に「正」にも「負」にも大きな影響を与えるほどの依存性を見出した興味対象に対して時間やお金を過度に消費し精神的充足を目指す人々。」と(2)「他人からオタクであるとレッテルを貼られた人々」の2つの側面があるが、ここで言うオタクは、前者のオタクの消費性について。

10 もちろんオタクの全てが消費性オタクではなく、グッズ収集をしていない者もいる。また、見せびらかしという行為に関しては、マウンティングや同担拒否(同じものが好きな人を嫌う)などコミュニティや他のオタクを意識して行われるため、他のオタクと一切関りを持たないオタクは見せびらかすという行為はしないし、顕示的消費が自身の承認欲求を充足するわけではないと、留意したい。

11 Worchel, Stephen., J. Lee and A. Adewole(1975) "Effects of Supply and Demand on Ratings of Object Value,"Journal of Personality and Social Psychology, No.32, 906-914.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中