最新記事

日本社会

「あの林家の息子」と知られ仕事はクビ、結婚も破談に 和歌山カレー事件の加害者家族を襲った過酷な日々

2021年11月29日(月)17時11分
加藤 慶(ライター、フォトグラファー) *PRESIDENT Onlineからの転載

最近になって、カレー事件当時中3だった長女の数学ノートが見つかった。自室の窓から見た光景が書き殴られている。

「1人はしごにのぼって家の中みてる じ~っと」「ポストだれかのぞく」「おんがくきいておどってる アホみたいに」「たばこどぶすてる」「たぶんあのチャリでわしをつけてくるんちゃう」(原文ママ)

reuters__20211129153908.jpg
林眞須美死刑囚の長女が中3の時に使っていた数学ノート
 

家庭ゴミを出すとマスコミがすぐ開けてしまう

メディアスクラムの異質さが伝わってくる。「今考えると異常な空間だった」と浩次さんも漏らす。和歌山市の閑静な住宅街にあった林家の自宅。その周りを報道陣約200名が取り囲んで約2カ月間居座った。「マスコミの暴走」を問われる契機にもなったこの事件。過熱した当時の記者もオフレコで「弁解の余地がない」と口をそろえる。浩次さんもその記憶が残っている。

「学校にも習い事にも行けなくなった。家庭ゴミを出すとマスコミがすぐに開けてしまうので、警察に通報。その繰り返しです。最近、テレビ局の取材で当時の映像を見たら、長女がカメラから執拗に追い回されていました。僕も同じことをされたけど、長女はその当時思春期。多分めちゃくちゃ怖かったんだろうと思う」

実は最高裁で母親に死刑判決が下される2009年5月まで、浩次さんとともに長女も積極的に集会で無実を訴えていたという。

父親の健治さんがこう振り返る。

「(出所してから)毎週金曜日に晩御飯の段取りをして、4人の子どもたちがうちにご飯食べに来るのが楽しみやった。いつも材料を昼間に買ってきて、それを子どもたちも楽しみにしとって。晩御飯の後はみんなでカラオケにも行ったなあ」

嘘に嘘を重ね、メンタルがやられていった

世間からどんな陰口をたたかれても家族だけは当時と変わらなかった。だが、死刑判決を受けて、母親代わりだった長女の何かが壊れてしまったと浩次さんはいう。

「無実だと行動しても何も変わらない。ほとんどの人が理解もしてくれない。そのショックが大きかったんだと思う。それから12年間、家族とも音信不通。お姉ちゃんは林家と袂と分かち、別の人生を歩み出した。亡くなった後に戸籍謄本を取ると、本名まで変えていた事実を知ったんです。縁を切って、名前を変えて、そこまでしてお姉ちゃんは道の真ん中を歩こうとしたんです......。

普通に生きようとすればするほど、名前も素性も邪魔になる。お姉ちゃんも素性を知る友達を全部切ったみたいです。何かあるとマスコミが友達にまで取材するから、普通に生きようとすると本当の友達まで邪魔になる。

僕も会社の同僚に対しては、こんな話はできないですからね。『出身どこなの?』と聞かれたら、『大阪だよ』って嘘をつく。『お父さんは何してるの?』みたいな日常会話から全部嘘をついていかなければならない。嘘に嘘を重ねていくからメンタルがやられて、どんどん引きこもりみたいな生活をして、友達と言ったらお父さんだけみたいな状況になっていく」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中