【浜田宏一・元内閣参与】国民の福祉を忘れた矢野論文と財務省
「日本の財政事情は世界最悪」は事実誤認
政府債務に関する財務省の説明の仕方は論理的に明快ではある。それによると、日本国債の総額をGDPで割った数字は世界で突出している。国民はいずれ国債を返さねばならないのだから、政府が破たんしないように財政支出を切り詰めるか、増税を行わねばならない。政府の借金である国債を増やさないためには、毎年度予算で政府が借入超過にならないようにする、つまり年度ごとにプライマリー・バランスの均衡か黒字化を目標にすべきだ、というのである。
普通のビジネスや個人に借金が多すぎるというとき、われわれは何を基準にして多いというのだろうか。「年収に比べると借金が多すぎる」というのが、GDPの何倍も借金があるので日本は最悪という財務省の基準である。しかし、資産持ちの企業や人にそう問いかけても、「自分は資産を持っているのだから借金をしても大丈夫」と答えるであろう。金融資産だけでなく土地や森林、家屋など実物資産を持っている人に同じ問いかけをしても、「私は実物資産を持っているので、借金は多くても当然」という言葉が返ってくるであろう。
財務省自体がそのメンバーであるIMF(国際通貨基金)の2018年「財政モニター」レポートは、各国政府が実物資産を考慮したうえでどれだけ金持ちかという数字を計算している。もちろん推計には誤差もありうるが、実物資産も考えた2016年の日本政府の「金持ち度」を推計してみると、純資産で見ると日本はわずかに純債務国であるが、大債務国のポルトガルはもとより、英国、オーストリア、そしてアメリカなどよりも健全な、純債務の相対的に少ない国なのである。財務省の広報などで描かれている大債務国日本のイメージとは大いに異なる(ダグ・デッター、ステファン フォルスター著『政府の隠れ資産』[小坂恵理訳、東洋経済新報社]にも世界各国の比較がある)。
要するに、日本政府の持っている実物資産を考慮に入れれば、日本は決して世界最大の債務国ではない。これが矢野論文のデータ上の事実誤認である。しかも財務省は、その広報などで「日本は世界最大の債務国だ」ということを国民の意識に、あるときには経済学者の意識にまで植え付けようと躍起となっているように思える。