なぜ中台の緊張はここまで強まったのか? 台湾情勢を歴史で読み解く

TAIWAN, WHERE HISTORY IS POLITICAL

2021年10月9日(土)09時57分
野嶋剛(ジャーナリスト、大東文化大学特任教授)

210921P18_TWH_07.jpg

中国は台湾の支配する金門にミサイル攻撃を繰り返した FROM TOP: BETTMANN/GETTY IMAGES

当時、大陸では共産党との間に内戦が勃発しており、内戦勝利のため台湾内の「安定」を最優先させたいという事情も、弾圧をより苛烈なものにした。

半世紀の間に「中国」から日本へ、日本から「中国」へと、台湾の所属先の書き換えが繰り返されたことは、日本と中国という地域両大国に挟まれた台湾の運命を示している。台湾の人々は支配者の交代に合わせて「日本人」から「中国人」へ再度の属性変更を求められた。

台湾でよく聞く話では、一度も中国に行ったことがないのに、学校で北京から上海までの全ての駅名を暗記させられたという。歴史教育で扱われた台湾に関する内容は、国民党からも英雄扱いされた鄭成功ぐらいだった。

格好の「逃げ場」

歴史は、指導者の一瞬の判断が、その後の世界と人々の運命を左右することを教えてくれるものだ。

共産党との内戦で敗色濃厚となった蒋介石は、最後の拠点である四川・重慶を捨てた先の逃げ場を考えた。候補は台湾と海南島だ。当時の中国の領土では第1と第2の島である。面積はほぼ変わらないが、違いは大陸からの距離にあった。

海南島と大陸との距離はおよそ30キロ。一方、台湾海峡は狭いところでも130キロある。この差が決定的な意味を持った。

海南島と同じく30キロ程度の幅のドーバー海峡を渡ったノルマンディー上陸作戦でも米英軍はあれほど苦労したのに、130キロを超える台湾海峡の上陸作戦にはどれだけの準備と大部隊が必要となるのか。まず電撃作戦は無理であり、しかも西側のほとんどが浅瀬で大型船が接岸できない台湾の揚陸点は、北部と南部の一部海岸に限られる。海と陸から迎え撃たれれば、10倍の兵力でも足りない。

台湾は逃げ込む先としては絶好の地だった。もし海南島に逃げていたら、あっという間に共産党に制圧されただろう。

その点からいえば、台湾を逃げ場に選んだ蒋介石は慧眼だった。

蒋介石には神風も吹いた。1950年に起きた朝鮮戦争である。想定外の事態に慌てたアメリカは、台湾を反共のとりでとすることを決定。台湾に逃げ込んだ中華民国は、日本と共に戦後の冷戦構造におけるアメリカ側の体系に組み込まれ、当面の安全を確保することができた。

不可侵ライン「中間線」

その中台分断を象徴するのが台湾海峡中間線である。米国の介入を受けても毛沢東は統一を諦めず、台湾が支配する金門・馬祖島へのミサイル攻撃を繰り返し、1958年には米空母が台湾海峡に6隻も集結する事態となった。中間線はこの1950年代、米国側が台湾海峡に設けたもので、事実上の中台相互不可侵ラインの役割を果たした。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

独メルセデス、安価モデルの米市場撤退検討との報道を

ワールド

タイ、米関税で最大80億ドルの損失も=政府高官

ビジネス

午前の東京株式市場は小幅続伸、トランプ関税警戒し不

ワールド

ウィスコンシン州判事選、リベラル派が勝利 トランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中