所得格差と経済成長の関係──再配分政策が及ぼす経済的影響
1|「経済成長」 が「所得格差」 に及ぼす影響
【1】クズネッツ仮説 : 経済の発展段階で異なる格差への影響
経済成長と所得格差に関する代表的な理論として、よく引用されて来たのが「クズネッツ仮説」だ。米国の経済学者であるサイモン・クズネッツは、米国、英国、ドイツの発展過程と所得分布を観察し、経済成長と所得格差の関係は、経済の発展段階に依存するという仮説を提唱している。この仮説では、発展段階に入る前の農業社会では、人口の大多数が必要最低水準の所得で生活しているため、国内格差は小さい状況にあるが、工業社会に移行していく過程で、熟練労働者の所得は上昇していくため、経済発展の初期段階では格差が拡大していく。しかし、さらに経済発展が進み、農業部門から工業部門へ労働力の移動が進むと国内格差はピークを向かえ、その後、生産性の低い農業部門は縮小し、工業部門が拡大していくことで、国内格差は縮小して行くとされる。つまり、経済発展の初期段階では、経済成長と所得格差の間には「正」の関係があるが、発展段階が進み経済が成熟していくと、その関係は「負」に変わることを意味している。この両者の関係を、縦軸に「所得格差を示す指標」(ジニ係数など)を取り、横軸に「経済の発展段階」(1人あたりGDPなど)を取ると、上に凸の曲線を描くことから、「クズネッツ仮説」は「逆U字型仮説」とも呼ばれることもある。
【2】トリクルダウン仮説 : 高成長の追求による格差解消
経済の発展段階が進めば自然と格差は解消していくという「クズネッツ仮説」から発展した考え方に「トリクルダウン仮説」がある。この仮説は、所得税率や法人税率の引き下げ、規制緩和などの高所得者層や大企業等に恩恵の大きな経済政策を実施すれば、投資や消費が活発化して経済の成長が加速するため、その恩恵は低所得者層にも自然と行き渡るとする考え方だ。成功事例としては、中国の鄧小平氏が1980年代に提唱した「改革開放」「先富論」が挙げられるとの見方もあるが、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E. スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏等が理論の正当性を疑問視するなど、仮説に対する見方は分かれている。
【3】トマ・ピケティ「21世紀の資本」 : 資本主義のもとでの格差拡大は不可避
なお、経済成長は、格差を拡大させるとの主張もある。「21世紀の資本」の著者であるトマ・ピケティは、資本主義の原理的なメカニズムのもとで資本収益率は経済成長(国民所得の伸び)を上回るため、資本所有で生じた不平等は累積的に拡大し、経済格差は拡大していくと主張している。また、「クズネッツ仮説」において発展初期で見られる格差縮小は、2度にわたる世界大戦のあとに資本を再蓄積する必要が生じた結果、一時的に高い成長が実現したからだとする見解を示している。ただ、このピケティ氏の主張に対しては、著名な経済学者であるグレゴリー・マンキュー氏等から批判の声が上がるなど、格差拡大が資本主義に内在するメカニズムによって生じるとする主張には、今の専門家の間で議論が分かれている。