所得格差と経済成長の関係──再配分政策が及ぼす経済的影響
2つ目の「実体経済における業種間格差」は、今般のコロナ禍特有の格差である。[図表2]は、2019年第1四半期の営業利益水準を100として、業種別に営業利益水準の変化を見たものである。感染拡大初期(2020年第2四半期)には、人流抑制があらゆる産業の経済活動を停滞させたが、ウイルスへの理解が進み、ワクチン接種も加速して来たことで、企業業績はコロナ以前の水準を回復しつつある。ただ、業種別に見ると、置かれた状況には違いがある。海外経済の持ち直しを受けて製造業は業績が回復する一方、人の移動や対面サービスの提供が限られる輸送業やサービス業は、業績の回復が進んでいない。リーマンショックの際には、海外依存度の高い産業ほど影響を強く受けたが、今般のコロナ禍では、生活娯楽関連サービスへの影響が大きかったことを示している。
2|コロナ禍で見られる非対称な影響
これら2つの回復格差は、所得環境の差として個人に投影される。国税庁の「申告所得税標本調査」に基づく資料によると、合計所得額に占める金融所得の割合は、合計所得階級が上がるほど高い傾向にあり、高所得者層ほど景気回復局面での恩恵は大きいと言える[図表3]。また、総務省の「労働力調査」からは、非正規雇用者比率の高い産業と、コロナ禍で影響を受けやすい産業が重なっていることが分かる[図表4]。非正規雇用者のうちおよそ7割は女性であり、2割程度を65歳以上の高齢者が占めている。職業能力形成機会が限られる非正規雇用者は、その大多数が未熟練労働者であり、相対的な所得は低くなっている。今般のコロナ禍では、非正規雇用者など社会的に脆弱な層に打撃が及ぶ一方、資本市場の回復による恩恵の多くは高所得者層に及んだと考えられる。この状況に対して政府は、雇用調整助成金や緊急小口資金、総合支援金などの様々な対策を打ち出しており、ここで見られる回復格差ほどには、所得格差が拡大していない可能性はある。しかし、所得階層で置かれた状況は真逆であり、「K字型」回復による2極化が所得格差を拡大させる方向にあることは、間違いないと言えるのではないだろうか。
3――経済学的な視点で見る所得格差
経済学には、経済成長と所得格差の関係を説明した理論が複数ある。それぞれ前提とする条件や経済思想、イデオロギーなどが異なるため、結果が対立したものも少なくない。そのため、万人が納得できるコンセンサスは、形成されていないというのが現状だろう。ただ、世の中の賃金や所得の分配に対する規範的な考え方が変わる中、両者の関係を語る論調には変化も生じている。ここでは、両者の関係を説明する主な理論や見解などを整理し、近年見られた論調の変化について事例を紹介する。