最新記事

アート

圧倒的に保守的な土地で、「多様性」を前面に掲げて大成功した美術館

A Soldier in Culture Wars

2021年8月20日(金)11時24分
ハンク・ギルマン(本誌編集ディレクター)

210824p46_cw03.jpg

美術館の外観 COURTESY OF CRYSTAL BRIDGES

そのときクリスタルブリッジズ美術館の経営陣が、自分たちが思っているほど「誰にでも開かれている」わけではないと悟ったかどうかは分からない。それでも彼らの心に響いたことは間違いない。

クリスタルブリッジズのスタッフに聞いた16年の調査で、自分は「ダイバーシティ(多様性)」を示すグループに属していると答えた人はわずか11%だった(最新の数字は28%)。「データを見て、私たちの進むべき道が明確になった」と、ウォルトンは言う。「本気で自分たちの使命を全うするつもりなら、改良するべき点があると気が付いた」

多様性の追求を戦略化

理事会は、自分たちとスタッフ、さらにはコレクションを見直すことを決めた。ビゲローの肩書に「最高ダイバーシティ&インクルージョン責任者」が加わったのもこのときだ。「理事会は多様化を実践すると誓い、反人種差別を掲げる組織になることを、戦略的な優先事項にした」

変化は数字に表れている。現代アートのセクションは現在、有色人種のアーティストの作品が48%、女性の作品が53%を占める。作品の取得に関しては、クリスタルブリッジズが「人種的/民族的に」多様だと分類する作品は、15年の18%から20年は71%に増えている。

美術館を訪れる人々の目にも、展示の変化は明らかだ。第2次大戦中に工場で働く女性を描いたノーマン・ロックウェルの『ロージー・ザ・リベッター』など、オーステン・バロン・ベイリー主任学芸員の言う「グレイテスト・ヒッツ」のほか、風景を数多く描いたエドワード・ホッパーなどが展示されている。

その一方で、白人男性アーティストの有名作と一線を画すものも展示されている。

初期アメリカ美術ギャラリーを訪れた人がまず目にするのが、合衆国憲法前文の冒頭の言葉を題名とするナリ・ウォードの巨大なインスタレーション『ウィー・ザ・ピープル(われら国民)』だ。

合衆国憲法の前文に「切り取られた指針や熱望」は「基本的に白人男性のみに平等と権利を保障し、多くの者を排除した」と、この作品の解説は指摘している。「私たちは極めて意識的に言葉や解釈的アプローチを用い、幻想を打破することをためらわない」と、バロン・ベイリーは語る。

例えば、昨年開催した写真家アンセル・アダムズの展覧会だ。代表作である国立公園の記録写真について「国立公園への誇りを生むことには貢献したが、全てのアメリカ人がこれらの屋外空間で歓迎されていると感じてはいない」と、解説パネルにはあった。

クリスタルブリッジズのスタッフは収蔵作品だけでなく、組織としての公的発言にも多くの裁量権を持つ。BLMへの支持表明は「理事会の賛同の下」で、スタッフと経営陣が共同で主導したと、広報担当のベス・ボビットは言う。

スタッフの裁量権の拡大を示す例はほかにもある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独メルク、米バイオのスプリングワークス買収 39億

ワールド

直接交渉の意向はウクライナが示すべき、ロシア報道官

ワールド

トランプ氏へのヒスパニック系支持に陰り、経済や移民

ワールド

イスラエル軍、ラファに収容所建設か がれき撤去し整
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドローン攻撃」、逃げ惑う従業員たち...映像公開
  • 4
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 7
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 8
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中