台湾が「台湾」の名前で五輪に参加する日は近付いている
Silly Name for a Country
東京五輪開会式で台湾選手団には「チャイニーズ・タイペイ」のプラカードが YOHEI OSADA/AFLO SPORT
<東京五輪で史上最高の成績を上げたが、名乗りたい「国名」を名乗れないジレンマは今も解消されないまま>
東京五輪で台湾の選手は大活躍した。バドミントン男子ダブルスとウエイトリフティング女子59キロ級では金メダルに輝き、国・地域別で22位となる12個のメダルを獲得。台湾史上、五輪で最高の成績を上げた。
しかし五輪の公式サイトを見ると、「台湾」選手の成績はどこにも載っていない。台湾は「チャイニーズ・タイペイ」という名前で参加しているからだ。選手たちが掲げるのは、台湾国旗ではなく五輪マークをあしらった旗。表彰台で流れるのは国歌ではなく、台湾の「国旗歌」だ。
こうした措置は1981年に、台湾オリンピック委員会とIOC(国際オリンピック委員会)との間で決められた。当時は台湾(中華民国)がそれまで占めていた国際的地位を、中華人民共和国が次々と奪っていた時期だった。
この状況で台湾の選手が引き続き国際スポーツ大会に参加するには、台湾を独立国家と見なさない中国を刺激しないことが必要だった。こうして生まれたのが、「チャイニーズ・タイペイ」という妥協の産物だ。
以来、正式な国名を名乗れない台湾の人々は怒りを募らせ、この措置をめぐる論争が続いてきた。2018年には、国際スポーツ大会で「台湾」と名乗るべきかを問う住民投票まで実施された。
「台湾人は、国の代表として選手が競技に挑み、表彰台に上がるときにチャイニーズ・タイペイと呼ばれることを望まない」。こう明言するのは、元陸上選手で住民投票実施を主導した1人である紀政(チー・チョン)だ。
名称変更を声高に主張する人がいる一方で、国際大会からの排除を恐れて変更に反対する選手もいる。現政権も名称変更を積極的には主張しておらず、IOCもそうした訴えを慎むよう警告している。
報復で国際大会が中止
最大の「警告」は、19年に台湾の台中で開催予定だった国際スポーツ大会「東アジアユースゲームズ」が18年7月に中止に追い込まれた一件だ。住民投票を行ったことへの報復として、中国が組織委員会の中止決定を主導したとみられている。
中国で台湾政策を担う台湾事務弁公室は当時、「台湾独立分子の目に余る挑戦」が中止を招いたと主張。結局、住民投票は反対52%、賛成43%で改名は実現しなかった。