ギャング抗争、大統領暗殺、コレラとコロナ──海図なき漂流国家ハイチ
No One’s Really in Charge
モイーズの暗殺で政治的混乱に拍車が(事件当日の大統領邸宅前) AP/AFLO
<自然災害と人災で治安もインフラもズタズタに。暗殺された大統領の後任はコロナで死亡、暫定首相は近く退任予定で、民主主義も機能停止状態だ>
7月7日朝、ハイチの首都ポルトープランス在住のハイチ人ジャーナリスト、モニーク・クレスカにワッツアップで連絡を取り、「街は静かなのか」と聞いた。
「静かどころじゃない。(2010年の)地震の直後以降、こんなに静まり返ったのは初めて。車1台、バイク1台走っていない。通行人がいたとしても、その気配もない」
静かであっても平穏とは限らない。ハイチは今、息を潜めて答えを待っている。ジョブネル・モイーズ大統領の暗殺で今後どうなるのか。
モイーズは現地時間の7日午前1時頃、就寝中に正体不明の武装グループに銃撃され死亡した。妻も撃たれて重傷を負いマイアミの病院に搬送された。ポルトープランスの米大使館は「現下の治安状況に鑑みて」閉鎖。同じ島に位置し、ハイチとは過去に敵対関係にあったドミニカ共和国もすぐさま国境を閉鎖した。
大統領の自宅は厳重に警備されていたはず。そこに押し入ったとすれば犯人一味はプロ集団だろう。「明らかに資金もあり、(政権中枢に)コネがある連中の仕業」だと、クレスカはみる。
事件直後、ハイチのクロード・ジョセフ暫定首相は、一味の中にスペイン語と英語を話す者がいたと発表。外国の傭兵の犯行が疑われている(ハイチの公用語はフランス語とクレオール語だ)。
マイアミ・ヘラルドによると、襲撃を近隣住民が撮影した動画では「米取締当局の捜査の一環だ!」と、男が拡声器を使って英語で叫んでいた。もちろん事実かどうかは不明だ(バイデン政権はアメリカの関与を否定)。
その後ハイチの治安当局は一味の仲間を拘束ないし射殺したと発表したが、事件の全容は明らかになっていない。
後任をめぐるドタバタ
モイーズが敵に事欠かなかったのは確かだ。元バナナ輸出業者のモイーズ(享年53)は2017年の大統領就任早々から、退陣を求めるデモに手を焼いてきた。抗議が高まったきっかけは「ペトロカリブ」疑惑。ベネズエラがカリブ海諸国に優遇的に石油を提供する枠組みの資金20億ドルを、ハイチ政府が不正使用した疑いが浮上したのだ。
ハイチは地震、ハリケーン、国連の平和維持部隊が持ち込んだコレラの大流行など自然災害と人災に見舞われ、インフラも農業部門もズタズタになっている。ペトロカリブの資金はその再建に使われるはずだった。