シリア大統領選挙──アサド大統領が再選 得票率95%をどう捉える
ハサカ県での投票
とりわけ、ハサカ県については、北・東シリア自治局が投票の2日前の5月24日、政府支配地に至るすべての通行所を閉鎖し、有権者の移動を制限するという妨害行為に出た。また、北・東シリア自治局の治安部隊でYPGを主体とするシリア民主軍の政治部門であるシリア民主評議会も同日の声明で、「大統領選挙とは無関係だ」と発表し、ボイコットを宣言していた。にもかかわらず、投票は貫徹された。
SANAなどによると、北・東シリア自治局の管理下にあるハサカ市のグワイラーン地区、ヌシューワ地区の住民だけでなく、トルコ国境に面するマーリキーヤ市の住民が、政府管理下のハサカ市中心街を訪れ、投票を行った。
むろん、政府支持者が多いとされる首都ダマスカス、タルトゥース市、ラタキア市、アレッポ市、ヒムス市などといった大都市に比べて、報道の頻度は少なく、報じられた投票行動や示威行動の規模も小さかった。また、シリア人権監視団は、北・東シリア自治局の支配地にも投票所や投票箱が設置されたものの、住民のほとんどが投票には参加しなかったと発表した。さらに、ハサカ県と同じく、政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ県の様子を伝える報道は、筆者がフォローした限りにおいて確認できなかった。
だが、前回の大統領選挙(そして、昨年の人民議会選挙)に参加しなかった(ないしはできなかった)住民が少なからず投票に参加したことは大きな変化だった。
ダルアー県の動き
第2は、ダルアー県(そしてクナイトラ県)の動きだ。同地の様子を大々的に報じたのは、政府系メディアではなく、反体制系のメディアや活動家で、それによると、5月25日から、選挙実施に反対する抗議デモやゼネストが発生したというのだ。
抗議デモが行われたのは、ダルアー市ウマリー・モスク前(5月25日)、ブスラー・シャーム市(26日)、タファス市(25、26日)、ジーザ町(26日)、フラーク市(26日)など。参加者は「殺人者と共にいればシリア人に未来はない」と書かれた横断幕やシリア革命旗(委任統治領シリア国旗)を掲げ、体制打倒や革命成就を訴えた。
また、ゼネストは、タッル・シハーブ町、ナワー市、タスィール町、タファス市、ムザイリーブ町、ヤードゥーダ村、ジッリーン村、フラーク市、ナーミル村、ムライハト・アタシュ村、東ムライハ村、西ムライハ村、東ガラーヤー村、西ガラーヤー村、インヒル市、ダーイル町、ジャムラ村、クサイル村、ムザイラア村、サウム・ジャウラーン村、アービディーン村、ナイーマ村、サフワ村、ジャースィム市、キヒール村で行われた。
ダルアー市中心街、ブスラー・シャーム市、ジャースィム市、タスィール町、サマード村、マアルバ町、サイダー町、キヒール村、ナスィーブ村、フラーク市、ナーフタ町、タイバ町、ヤードゥーダ村、東カラク村、サフワ村、ガサム村、ナイーマ村、ウンム・マヤーズィン町、ジーザ町、マターイヤ村、アルマー町、西ガラーヤー村、東ガラーヤー村、西ムライハ村、東ムライハ村、ムサイフラ町、ハーッラ市、インヒル市、タファス市、ナワー市、ダーイル町、ムザイリーブ町、タッル・シハーブ町、アジャミー村、ザイズーン村、ジャムラ村、ジッリーン村、ナーフィア村、シャジャラ町、クーヤー村、クサイル村、ムザイラア村、サフム・ジャウラーン村。これらの地域では、住民が選挙をボイコットしたと伝えられた。
事態を受けて、シリア軍が住民に投票を強要するため、ダルアー県に部隊を派遣したなどといった情報が流れた。だが、「アラブの春」が波及した時のような、厳しい弾圧は行われなかった。
暴力はむしろ政府側に向けられた。反体制系サイトは、ダルアー県各所で、投票日前後にシリア軍や治安部隊の検問所、警察の分所、バアス党の支局などが相次いで襲撃を受けたと伝えた。また、クナイトラ県ウーファーニーヤ村では、投票を行わないよう脅迫するメッセージが街中に貼られたため、住民の安全に配慮し、投票の中止が決定された。
政府系メディアがこうした事実を伝えることはなかったが、反体制系メディアは、政府の軍や治安当局が住民に投票を強いたと断じる一方で、投票を行わないよう求める圧力の存在について(期せずして)暴露した。
イドリブ市で選挙に反対するデモ
第3は、シャーム解放機構が軍事・治安権限を握るいわゆる「解放区」の動きだ。同地の中心都市であるイドリブ市では5月26日、サブア・バフラート交差点で「アサドとその選挙に正統性はない」と銘打ったデモが行われた。参加したとされる国内避難民(IDPs)を含む数百人(反体制活動家によると数千人)は、大統領選挙に反対を表明するとともに、体制打倒や「シリア革命」支持を訴えた、反体制系メディアや活動家はそう伝えた。
反体制デモではある。だが、同地に政府の支配は及んいないために弾圧に晒される恐れはなく、選挙に反対することは反体制派のスタンスに合致している。政府支配地での選挙支持のデモが動員された官制デモだというのであれば、「解放区」における反体制デモも逆立ちした官制デモだと言える。
「茶番」としての全否定に民主主義の価値はない
いずれにせよ、政府の支配下にあるダルアー県各所、そして政府の支配が及ばないイドリブ市で抗議やボイコットの動きがあったものの、それをもって今回の大統領選挙に意味がないと主張できる理由があるとすれば、それは民主主義が確立・維持される過程への無知のみだろう。
現下のシリアの政治体制や制度が(それ以外の世界中のすべての国と同じく)完全無欠でないこと、そして分断と占領という現実のなかで、さらなる変革や改善を必要とすることは言うまでもない。そうした必要に応えるべく、シリア国内では、政府、反体制派、PYD(北・東シリア自治局)のいかんにかかわらず、あらゆる当事者が、不断の試みをのなかで、より良い国家や社会をめざしている。そして、これらの勢力の支配下に身を置く人々は、支持しようがしまいが、そして意識しようがしまいが、日々の生活のなかでその不断の試みに関わっている。民主主義とはこうしたプロセスのなかで、具体的なかたちを得て、総意と呼び得るものへと近づこうとする。
今回の大統領選挙を含めて、シリアで続けられる試みを一つでも「茶番」だなどと批判し、全否定することは、国家や社会の発展の道筋に逆行する動きであり、民主主義の精神に照らし合わせた場合、そこに価値を見出すことはできない。