市民の「殺害事件」を繰り返すアメリカ警察は、どんな教育で生まれるのか
“ANYONE CAN KILL YOU AT ANY TIME”
ただし首都警察では、首絞めは禁じ手だった。被疑者が命を落とす例が多かったからだ。「(逮捕時に首を絞められて死亡し、大きなニュースになった)ニューヨークのエリック・ガーナーを覚えているだろ。首を絞めるのは禁止、厳禁だぞ」。フラナガンはそう言った。
すると、かつてニューヨーク市警にいたというウェンツが異議を唱えた。「それ、おかしいですよ。絞め技は正しく使えば、完璧に安全です。これは訓練でしょ。だったら、みんなに正しい絞め方を教えてください。それに、ガーナーは首を絞められて死んだんじゃない。死因は『体位性窒息』です」
フラナガンは動じない。「厳密に言えばそうだな。でもテレビでみんなが見たのは、ガーナーが絞め上げられて死んだ姿だ。体位性窒息についてはまた後で教えるが、とにかく絞め技は禁止。それがルールだ」
ところがウェンツは引き下がらない。「殺されるより、絞め技を使って罪に問われるほうがましだ」
それでも教官はどうにか自制心を保った。「いいか、ウェンツ。もし相手の首を絞めなきゃ殺されるような状況に追い込まれたら、やるなとは言わない。しかし警察のルールでは禁じられている。だから、手錠を掛けるときに抵抗されたからって首を絞めちゃいけない。いいな」
授業はそのまま「体位性窒息」の話になった。うつぶせにした相手の背中を膝や足で押さえて拘束することも首都警察の規則では禁止されている。長時間のうつぶせ、特に背中への加重を伴う行為は、もしも相手の心臓が弱かったり医学的な問題を抱えていた場合は、命取りになる可能性があるからだ。
警察にも「無事に家に帰る権利がある」
「容疑者と格闘しているときは戦いだ。相手の上に乗り、顔を泥の中に押し込むこともある。しかし......」と、フラナガンは続けた。「相手をコントロールしたら、すぐに解放しろ。うつぶせの状態を長く続けさせればそれだけリスクが高まる」。実際、この授業の4年後にはジョージ・フロイドが警官に膝で首を圧迫され、そのまま窒息して死んだ。
ウェンツはまた何か言いたそうだったが、教官が制止した。「首絞めと同じだ、うちの規則では許されていない。そこは理解しろ。だが生きるか死ぬかの状況だったら? 君が一人きりで、まだ手錠を掛ける前で、相手が君よりずっと大きく、圧力を弱めた瞬間に反撃してきたら? そのときは君にも、無事に仕事を終えて家に帰る権利がある」
ウェンツは満足し、うなずいた。「だが忘れるな」と、教官は続けた。「それでも君には、組織の規律を破った理由の説明が求められる」