温家宝の投稿はなぜ消えたのか?
一方、温家宝も天津で生まれ育っている。
私が「天津で育った」と自己紹介すると、温家宝は「そうですか!では私たちは同郷ですね!」とえくぼを作りながら歓迎してくれた。こういう時に「同郷だ」という言葉を出すのは、心理的に距離を縮める。
彼には、何というか、やや「うっかり」なところがあった。
1965年になってようやく入党している温家宝には、何か「緩い」というイメージを与える庶民的なところがある。
だから母親への追慕のあまり、うっかり「応該」という言葉を使ってしまったのではないだろうか。おまけに、その後に続く文章に、なんと「母が私に授けたものだ」と書いている。
となると温家宝の「うっかり」が咎められた場合、彼が最も敬慕する母親を巻き添えにして罪を負うことになってしまう。だから温家宝はすぐさま「自ら」取り下げると中央に告げたものと推測されるのである。
元党幹部長老
温家宝に最初に会った90年代に知り合いになった、今ではもう90近くになる長老がいる。元党幹部で、中国共産党のやり方に必ずしも賛成できず、党を自ら脱退し、今では「非党員」だ。
だから気楽に連絡できるが、しかし多くを語ろうとはしないので、私は自分が出した「結論」だけを彼に告げた。
すると彼は「その通りだ!」とひとこと答えた上で、「妄議中央を調べろ」と忠告してくれた。
それが上述した条例である。
温家宝の投稿が消えたことに関して、日本には「習近平が文革を起こそうとしている」などという「妄想」に近い論議(=妄議)を展開する人がいるが、あまりに的外れとしか言いようがない。
習近平がなぜ「毛沢東回帰」と思われる言動を行っているかに関しては拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述したが、上述の「異なる意見を論議すること」に関して、習近平の父・習仲勲は「党内だけでなく、一般庶民にも異論を唱える権限を与えるべきだ」と主張し続け、1990年に二度目の失脚を鄧小平によって強行された。そのことも拙著で詳述した。
習近平が言論の自由に関して親の理念に背いて、これまでで最も厳しい「中国共産党紀律処分条例」(2018年に再修訂)を出しているのは、一党支配体制を維持するためには言論弾圧が不可欠だということの証左であり、習近平政権のアキレス腱でもあることに注目したい。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社、3月22日出版)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。
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