最新記事

東南アジア

ミャンマー政変が浮き彫りにした米外交の凋落

Who Lost Myanmar?

2021年2月10日(水)19時00分
マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌上級特派員)

連邦議事堂に通じる道を封鎖する国軍(2月2日、首都ネピドー) AP/AFLO

<大きな困難に直面する民主主義としぶとく生き残る権威主義──ミャンマーの軍事クーデターが映し出すのは21世紀の世界が抱える問題そのものだ>

ミャンマーの元首都ヤンゴンを訪れていたヒラリー・クリントン米国務長官が、アウンサンスーチーと対面を果たしたのは2011年12月のこと。当時、クリントンをはじめとするバラク・オバマ米大統領の外交チームは、アメリカの外交の重心を中東から東アジアにシフトさせる戦略の真っただ中だった。

その背景には、東アジア諸国でアメリカの影響力を強化することにより、中国の勢力伸張を牽制する狙いがあった。その年、軍事政権から民政移管を果たしたミャンマーは、当然、重要なターゲットの1つだった。そしてスーチーは、ミャンマーの民主化を象徴する存在だった。

長年、軍事政権により自宅軟禁下に置かれながらも、民主化を訴え続け、ノーベル平和賞を受賞したスーチーは、「世界の人々を鼓舞した」と、クリントンはたたえた。翌2012年にはオバマ自身もミャンマーを訪れ、民主化を後押しするとともに、制裁の解除と莫大な経済援助を約束した。

あれから10年。アメリカの「ミャンマー取り込み戦略」は完全に崩壊した。スーチーは2016年から国家顧問を務めていたが、2月1日の軍事クーデターで拘束され、再び自宅軟禁に置かれた。だがそれ以前から、ジョー・バイデン米大統領のチームは、スーチーと連絡さえ取れずにいた。それほどアメリカとスーチーの間には距離ができていたのだ。

とはいえ、崩壊したのはアメリカの外交戦略だけではない。この10年で、スーチーの名声も地に落ちていた。国軍によるイスラム系少数民族ロヒンギャの迫害について、スーチーは一貫して対応を拒否。国際社会から大きな批判を招き、人権団体などからはノーベル平和賞を剝奪するべきだという声も上がっていた。

見え隠れする中国の影

今回のクーデターは、ミャンマーを30年前に引き戻したかに見える。だが実のところ、民主主義が大きな困難に直面していることや、権威主義体制がしぶとく生き残っていること、そして両者に橋を懸ける外交努力に限界があることという、21世紀の世界の問題を見事に反映している。

例えば、欧米諸国は直ちにクーデターを非難したが、中国を含むほとんどの権威主義国は違った。中国は国営の新華社通信を通じて、「大規模な内閣改造」にすぎないとの見方を示した。それどころか中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は、クーデターの直前の1月中旬にミャンマーを訪れて、国軍トップで今回全権を掌握したミンアウンフライン総司令官に会っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送-インタビュー:トランプ関税で荷動きに懸念、荷

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中