最新記事

シリア

膠着するシリア情勢の均衡維持・再編のキャスティングボートを握らされているバイデン米新大統領

2021年1月23日(土)16時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

さらにシリア軍、ロシア軍も

爆撃・ミサイル攻撃を行ったのはイスラエルとトルコだけではなかった。1月22日、イスラエル軍がミサイル攻撃を行ったハマー市に近いハマー航空基地に配備されているシリア軍戦闘機とヘリコプター複数機が出撃し、アレッポ県、ハマー県、ラッカ県の県境に位置する砂漠地帯に対して爆撃を実施した。

標的となったのはイスラーム国の拠点で、シリア人権監視団によると、戦闘機による爆撃は40回以上、ヘリコプターが投下した「樽爆弾」は10発以上に及んだという。イスラーム国は2019年末から再び活動を活発化させていた(「荒れるシリア:ISはシリア軍将兵多数殺害、米軍は子供を射殺、アル=カーイダ系組織はロシア軍基地を襲撃」を参照)。

なお、シリア軍航空部隊とともに、ラタキア県のフマイミーム航空基地に配備されているロシア軍戦闘機複数機も同地に対して50回以上の爆撃を実施した。ロシア軍は、昨年末からイスラーム国の残党を標的に断続的に爆撃を実施している。また、同軍の航空支援を受けて、国防隊(親政権民兵)、元反体制派の戦闘員を多く擁するシリア軍第5軍団、パレスチナ人民兵のクドス旅団が、ダイル・ザウル県、ヒムス県の街道沿線の安全を確保するため、掃討作戦を継続している。

そのロシアも1月21日、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)を主体とする反体制派の支配下にあるラタキア県クルド山地方のカッバーナ村一帯に対して、バイデン大統領就任後初となる爆撃を実施している。

各国の思惑は?

イスラエル、トルコ、シリア、ロシアの思惑は明白だ。

バイデン大統領が国際協調重視の姿勢を示していることもあいまって、中東では、米国のイラン核合意への復帰や対イラン制裁の解除といった変化が生じるとの見方(ないしは期待)が強い。その一方、バイデン大統領のイランへの対応が、シリア情勢にどう反映されるかについては不透明な部分が多い。バラク・オバマ元大統領がシリアで犯した失政を挽回するという方針があることは見て取れるが、それが具体的にどのような政策としてかたちを得るのかが明らかではない。

こうしたなか、各国は、爆撃・ミサイル攻撃を通じて、バイデン新大統領が膠着状態にあるシリア情勢にどの程度、そしてどのように関与するかを見極めるようとしている。

一連の攻撃は、当然のことながら、相応のリアクションをもたらすと予想される。イスラエルのミサイル攻撃は、イラン、ヒズブッラー、そしてシリアによる報復を、トルコの爆撃は、クルド民族主義勢力の反発を、シリア・ロシア軍の爆撃は、イスラーム国やアル=カーイダ主体の反体制派による反抗、といった具合だ。

米国の同盟国であるイスラエルやトルコにとって、こうしたリアクションに対して、さらなる過激な対抗措置に踏み切ることにバイデン大統領が同調してくれれば、安全保障上の懸念を軽減することにつながる。

一方、ロシアとシリア(そしてイラン)にとっては、バイデン大統領がトランプ前大統領と同じように、シリアでの軍事的攻勢を積極的に抑止しようとしなければ、同国における政治的、軍事的な優位をこれまで以上に揺るぎないものとし、イスラエル、トルコに圧力をかけることができる。

トランプ前政権の4年間にわたって、シリア情勢は米国の無関心のもとで、事態の膠着という均衡を得た。バイデン新大統領は、この均衡を維持するか、再編するかのキャスティングボートを握らされているのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中