膠着するシリア情勢の均衡維持・再編のキャスティングボートを握らされているバイデン米新大統領
さらにシリア軍、ロシア軍も
爆撃・ミサイル攻撃を行ったのはイスラエルとトルコだけではなかった。1月22日、イスラエル軍がミサイル攻撃を行ったハマー市に近いハマー航空基地に配備されているシリア軍戦闘機とヘリコプター複数機が出撃し、アレッポ県、ハマー県、ラッカ県の県境に位置する砂漠地帯に対して爆撃を実施した。
標的となったのはイスラーム国の拠点で、シリア人権監視団によると、戦闘機による爆撃は40回以上、ヘリコプターが投下した「樽爆弾」は10発以上に及んだという。イスラーム国は2019年末から再び活動を活発化させていた(「荒れるシリア:ISはシリア軍将兵多数殺害、米軍は子供を射殺、アル=カーイダ系組織はロシア軍基地を襲撃」を参照)。
なお、シリア軍航空部隊とともに、ラタキア県のフマイミーム航空基地に配備されているロシア軍戦闘機複数機も同地に対して50回以上の爆撃を実施した。ロシア軍は、昨年末からイスラーム国の残党を標的に断続的に爆撃を実施している。また、同軍の航空支援を受けて、国防隊(親政権民兵)、元反体制派の戦闘員を多く擁するシリア軍第5軍団、パレスチナ人民兵のクドス旅団が、ダイル・ザウル県、ヒムス県の街道沿線の安全を確保するため、掃討作戦を継続している。
そのロシアも1月21日、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)を主体とする反体制派の支配下にあるラタキア県クルド山地方のカッバーナ村一帯に対して、バイデン大統領就任後初となる爆撃を実施している。
各国の思惑は?
イスラエル、トルコ、シリア、ロシアの思惑は明白だ。
バイデン大統領が国際協調重視の姿勢を示していることもあいまって、中東では、米国のイラン核合意への復帰や対イラン制裁の解除といった変化が生じるとの見方(ないしは期待)が強い。その一方、バイデン大統領のイランへの対応が、シリア情勢にどう反映されるかについては不透明な部分が多い。バラク・オバマ元大統領がシリアで犯した失政を挽回するという方針があることは見て取れるが、それが具体的にどのような政策としてかたちを得るのかが明らかではない。
こうしたなか、各国は、爆撃・ミサイル攻撃を通じて、バイデン新大統領が膠着状態にあるシリア情勢にどの程度、そしてどのように関与するかを見極めるようとしている。
一連の攻撃は、当然のことながら、相応のリアクションをもたらすと予想される。イスラエルのミサイル攻撃は、イラン、ヒズブッラー、そしてシリアによる報復を、トルコの爆撃は、クルド民族主義勢力の反発を、シリア・ロシア軍の爆撃は、イスラーム国やアル=カーイダ主体の反体制派による反抗、といった具合だ。
米国の同盟国であるイスラエルやトルコにとって、こうしたリアクションに対して、さらなる過激な対抗措置に踏み切ることにバイデン大統領が同調してくれれば、安全保障上の懸念を軽減することにつながる。
一方、ロシアとシリア(そしてイラン)にとっては、バイデン大統領がトランプ前大統領と同じように、シリアでの軍事的攻勢を積極的に抑止しようとしなければ、同国における政治的、軍事的な優位をこれまで以上に揺るぎないものとし、イスラエル、トルコに圧力をかけることができる。
トランプ前政権の4年間にわたって、シリア情勢は米国の無関心のもとで、事態の膠着という均衡を得た。バイデン新大統領は、この均衡を維持するか、再編するかのキャスティングボートを握らされているのである。