最新記事

アメリカ大統領選 中国工作秘録

中国への頭脳流出は締め付けを強化しても止められない......「千人計画」の知られざる真実

A THOUSAND HEADACHES

2020年11月19日(木)17時45分
ミンシン・ペイ(本誌コラムニスト、クレアモント・マッケンナ大学教授)

招致の対象になれば、非常に厚遇される。給与などの条件も良いが、何より研究者にとって魅力的なのは研究のスタートアップ資金と研究室を提供されることだ。

計画に参加している武漢理工大学によれば、長期プロジェクトの参加者には研究環境を整え、チームのメンバーを集めるための初期資金220万ドル相当が提供され、年間9万〜13万4000ドル(税免除)の給与のほか、15万ドルの一時金(これも税免除)、住宅手当と引っ越し費用9万ドルが支給される。短期プロジェクトの参加者の場合はスタートアップ資金が75万ドル、中国に滞在する期間に限り支給される給与は月額7500〜1万1000ドル(税免除)で、一時金は7万5000ドルだ。

「千人計画」が最も悪名高く、激しいバッシングにさらされているが、前述のように中国の人材招致計画はこれだけではない。地方政府も国内外から優秀な人材を呼び寄せている。習近平(シー・チンピン)国家主席の生まれ故郷でもある陝西省の党委員会は2017年に野心的なプログラムを発表した。自然科学と技術分野に加え、社会科学や芸術分野のハイレベル人材約2000人を呼び寄せる趣旨で、条件などは中央政府の計画に準じている。こうしたプログラムは200余りあると、米情報機関はみている。

中国が人材招致のための膨大なリソースを持つのは確かだが、これらの計画は透明性を欠いているため、どの程度成果が上がっているかは不明だ。2017年までの「千人計画」の参加者7000人超についても、出身国や中国における勤務先、長期プロジェクトの参加者の割合など、ごく基本的な情報も開示されていない。

計画の費用対効果を評価するのはさらに困難だ。「千人計画」の公式サイトに成功例がいくつか紹介されているだけで、中国政府は具体的な成果を示すデータを一切発表していない。招致された研究者が中国人の同僚と共に計画参加中に執筆し、権威ある学術誌に掲載された論文数も、先端技術の特許取得件数も、管轄当局はなぜか公表していない。

報道によれば、中国にとってこの手の計画は功罪相半ばするようだ。短期の助成プロジェクトは、定評ある研究者を年に2~3カ月程度、中国の研究機関に招致するには最も効果的だった。だが長期プロジェクトの場合、上級の非中国系研究者の招致はもちろん、中国系の定評ある研究者を呼び戻すのもはるかに難しい。

研究者が中国の長期プロジェクトに参加するには欧米でのポストを手放さざるを得ないのが普通だ。学齢期の子供がいる場合、教育が頭痛の種になる。深刻な汚染や食品の安全性をめぐる不安やネット検閲も、生活の質を下げる。何より、「千人計画」が資金提供する長期プロジェクトにはこうした研究者が欧米で享受しているような雇用保障がない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中