最新記事

アメリカ大統領選 中国工作秘録

中国への頭脳流出は締め付けを強化しても止められない......「千人計画」の知られざる真実

A THOUSAND HEADACHES

2020年11月19日(木)17時45分
ミンシン・ペイ(本誌コラムニスト、クレアモント・マッケンナ大学教授)

magSR201119_1000china2.jpg

虚偽申告で訴追されたハーバード大学のリーバー KATHERINE TAYLOR-REUTERS

こうした取り締まりでアメリカの科学技術研究の貴重な財産を中国に盗用されることを防止できるかどうかはまだ分からないが、懸念すべき問題が2つある。1つは人種的要素を加味した取り締まりがアメリカの中国系研究者に及ぼす悪影響。もう1つは差別され疑われた中国系研究者が中国に戻る可能性で、そうなればアメリカはトップクラスの人材を失い、中国政府は思惑どおり非常に優秀な人材を呼び戻せるわけだ。

締め付けの強化は逆効果に

アメリカが締め付けを強化すれば、優秀な人材が中国など外国に大量に流出しかねない。大学院で人工知能(AI)、量子コンピューティング、半導体、航空学といった科学技術の要となる分野を専攻する中国系学生へのビザ発給を制限するにせよ、在米の中国系研究者の間に不信感や差別や不安を生むにせよだ。

2015~17年にアメリカの科学技術分野で博士号を取得した3万1052人の16%が中国人だった(工学では22%、数学では25%)。科学技術系の中国人学生の約90%が博士課程修了後も最低10年はアメリカにとどまる。アメリカでの研究環境が良くなければ、多くの人材が中国に帰国しかねない。

今をときめくAIの分野では、中国系の優秀な人材に対する過度の強硬措置はかえって進歩を鈍らせる可能性がある。この分野をリードする中国系研究者・科学者のほとんどは生活と研究の拠点をアメリカに置いているからだ。

中国の人材招致計画に対する米当局の対抗措置は、刑事訴追による抑止を軸にしたアプローチの限界も示している。現行法では、中国系の研究者も他のアメリカ人研究者同様、世界中の研究機関との学術交流に自由に参加できる。報道によれば、米当局による訴追や捜査や統制の対象者は、在米で「千人計画」に参加したことが分かっている研究者の10%未満。理由はほぼ全員が開示義務違反で、一部は所得申告漏れもあった。

このように、知識の流出を法的に食い止めるのは無理がある。今後、「千人計画」参加者が開示義務や所得申告義務を遵守すれば、米当局が彼らを訴追するのは至難の業になる。

これまでに分かっている限りでは、中国はこうした人材招致計画に相当なリソースを注ぎ込んでいるが、その割に見返りは少ないようだ。しかし今後、欧米各国の対抗策が優秀な人材の中国への帰国を促すなら、もっと功を奏するかもしれない。

欧米各国は研究者を通じた軍事技術の移転防止策とともに研究費と研究ポスト不足に対応すべきだ。中国との闘いに勝ち抜きたいのなら。

<2020年11月10日号「アメリカ大統領選 中国工作秘録」特集より>

ニューズウィーク日本版 日本時代劇の挑戦
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月9日号(12月2日発売)は「日本時代劇の挑戦」特集。『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』 ……世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』/岡田准一 ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中