全米で大統領選控え記録的な銃購入ラッシュ 初心者殺到、選挙結果の混乱への「恐怖心」で
初めて銃器を購入した1人であるニューヨーク州リバーデール在住のベイリー・ビーケンさん(61)は、政治的にはリベラルな中産階級の白人女性であると話す。彼女はこの夏、射撃のレッスンを受け始めたという。理由は「選挙の結果がどちらに転ぼうと、ひどく恐ろしい、流血の惨事が生じかねない」からだという。
パンデミックを機に、マスク着用者と着用義務化に抗議する人々が対立し、警察の残虐行為への抗議が街頭での暴力的な衝突を引き起こす中で「一触即発の状況のように感じている」とビーケンさんは言う。
「銃が増えれば死者が増える」
銃器メーカーも政府も、銃器の販売状況や購入者の人口統計情報について詳細なデータを発表していない。これに代わるデータとして広く利用されている米連邦捜査局(FBI)の全米犯罪歴即時照会システム(NICS)によれば、今年1─9月の照会件数は史上最多だった2019年の同時期に比べ41%増加している。9月末までの身元調査件数は2880万件と、昨年の2840万件という記録をすでに塗り替えている。
身元調査では、犯罪歴や、逮捕令状請求、薬物中毒の記録など武器購入資格が否定される問題が購入希望者にないことを確認する。FBIのデータによれば、許可申請者のうち却下される例は1%に満たない。
1998年まで遡るNICSのデータによれば、身元調査の週間件数の上位10週のうち、8週が今年になって記録されたものだ。首位は3月、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスのパンデミックを宣言した週である。今年に入って月単位で最も多かったのは6月で、5月末にジョージ・フロイドさんがミネアポリス警察に殺害された事件の後である。
米国の銃器メーカー上位2社であるスミス&ウェッソンとスターム・ルガーの株価は、今年に入ってそれぞれ131%、59%上昇している。両社にコメントを求めたが、いずれも回答を控えている。
過去最高水準の販売状況により、ただでさえ総人口よりも銃の数が多い米国に、さらに数百万もの武器が加わりつつある。ジュネーブに本拠を置くスモール・アームズ・サーベイでは、米国の銃器の数を2017年時点で3億9300万丁と推定している。これに続くインド(7100万丁)、中国(5000万丁近く)を圧倒する数だが、両国とも人口は米国の4倍も多い。
研究者らによれば、政治的な混乱に関連する街頭での暴力的な衝突の懸念が高まっている一方で、銃器販売の急増により、銃器による死亡がさらに日常化していく可能性があるという。ハーバード大学のデビッド・ヘムンウェイ教授は、銃器の購入により、家庭での自殺、誤射事故、パートナーに対する暴力のリスクが大きく上昇するという疑いようのない証拠があると語る。
傷害の予防を研究している同大学傷害抑制研究センターの所長も務めるヘムンウェイ教授は「銃が増えれば、死者も増えるのはかなり明白だ」と語る。
誰が買っているのか
インタビューに応じた銃器ショップのオーナーや射撃クラブの指導者らは、これまでは銃の所持など考えたこともなかった人々の中で関心が急激に高まっていると報告している。保守派の白人男性という銃器産業の伝統的な顧客基盤とは異なる場合も多い。
初めて銃を購入したガーランドさんは黒人女性で、民主党員として登録されており、バラク・オバマ氏に投票した。一方で、彼女は民主・共和両党に対する深い不満を口にしており、11月の大統領選挙での投票先は決めていないという。新設ながら急拡大しているハドソンバレー・ヌビアン射撃クラブの会員は約125人で、ガーランドさんもその1人だ。会員の半数以上が女性で、創立者のデイモン・フィンチ氏を含む3分の2以上が黒人だ。