最新記事

ロヒンギャ

ロヒンギャ難民を苦しめる、コロナと麻薬犯罪と超法規的殺人の三重苦

DRUG OR DEATH

2020年9月12日(土)14時00分
増保千尋(ジャーナリスト)

ロヒンギャが暮らすコックスバザールの難民キャンプは雨期で洪水が多発(今年8月) MOHIN

<コロナ禍の直撃を受けて、難民キャンプの多くのロヒンギャが仕事を失い、生活が厳しくなっている>

今年1月末、筆者はバングラデシュ南東部の都市コックスバザールで麻薬密売組織の逮捕劇に遭遇した。まだ日が高い午後2時半、地元の人気観光地イナニビーチそばの橋に人だかりができている。近づいてみると、後ろ手に手錠を掛けられた屈強な中年男性が、5~6人の国境警備隊(BGB)隊員に取り囲まれ、連行されていた。

やじ馬の1人の男性に状況を尋ねると、麻薬の運び屋が逮捕されたとのこと。既に身体検査を受けた後なのか、運び屋の男性は半裸の体に地元の人がよく着用している腰巻きを軽くまとっているだけだった。車の中から条件反射でカメラのレンズを向けると、BGB隊員に窓をたたかれ、直ちに撮影データを消せと怒鳴られた。

バングラデシュでは近年、麻薬犯罪と薬物依存症者の急増が深刻な社会問題になっており、同国の麻薬取締局(DNC)によれば、2018年の薬物押収の件数は約11万9800件に上るという。密売組織はコロナ禍もどこ吹く風でビジネスを拡大し、末端で働くイスラム系少数民族ロヒンギャ難民などの脆弱層が、取り締まりを名目にした「超法規的殺人」の犠牲になっている。大量の麻薬流入と新型コロナウイルス感染症への脅威で揺れる同国の状況を調べるために1月に現地を訪ね、その後は遠隔で取材を続けた。

悪化する難民キャンプの治安

「コロナが流行し始めてから、難民に対する風当たりが強くなっている。キャンプの外に少しでも出ようものなら、地元の人に『ウイルスをまき散らすな』と罵られる。殴られた知り合いもいる」

8月、コックスバザールの難民キャンプで避難生活を送るロヒンギャ男性のウディン(47)にコロナ禍のキャンプの状況を尋ねたところ、このような悲痛な答えが返ってきた。17年8月末、ミャンマーでロヒンギャに対する激しい武力弾圧が起き、約74万人が隣国バングラデシュに逃れた。あれから3年、ロヒンギャたちは母国に帰還できないまま、今も難民キャンプで暮らす。

上下水道も整わない環境に膨大な数の難民が密集して暮らすキャンプは、5月中旬に初の感染者が出る前から新型コロナの蔓延が危惧されていた。バングラデシュ政府は3月26日から全土にロックダウン(都市封鎖)を敷き、自宅待機を要請。4月8日には難民キャンプで働く支援団体に人員の8割の削減を求めた。

さらに政府は、6月初旬にコックスバザールを感染者が特に多い「レッドゾーン」に指定。他の地域の制限が段階的に解除されるなか、難民たちは引き続き外出制限を余儀なくされた。

キャンプではこれまでに88人が感染し、6人が死亡(WHO、8月23日現在)と、爆発的な感染は見られないものの、市場や教育施設は閉鎖され、支援団体でのボランティアで収入を得ていた人の多くが仕事を失うなど、難民たちの生活は厳しさを増している。

また、「感染のホットスポット」というレッテルを貼られたせいで、地元の行政官や軍・警察、病院の医師もキャンプに近づかなくなったという。地元住民の中には「ロヒンギャはウイルスを拡散する」という偏見から接触を避ける人も多く、難民キャンプは事実上「陸の孤島」になった。

地元記者によれば、当局や支援団体の存在が希薄になったせいで、キャンプ内の治安は悪化しているという。警備が手薄になるなか過激派や犯罪組織が若者たちの勧誘活動にいっそう力を入れるようになり、麻薬犯罪に関与する人が増えているのだ。

<関連記事:ジェノサイドで結ばれる中国とミャンマーの血塗られた同盟
<関連記事:ロヒンギャ弾圧から2年、故郷ミャンマーを思う「嘆きの丘」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震、インフラ被災で遅れる支援 死者1万

ビジネス

年内2回利下げが依然妥当、インフレ動向で自信は低下

ワールド

米国防長官「抑止を再構築」、中谷防衛相と会談 防衛

ビジネス

アラスカ州知事、アジア歴訪成果を政権に説明へ 天然
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 5
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 6
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 7
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中