ロヒンギャ難民を苦しめる、コロナと麻薬犯罪と超法規的殺人の三重苦
DRUG OR DEATH
外出制限で麻薬需要が急増
バングラデシュでは2000年代前半から「ヤバ」と呼ばれる覚醒剤が広く流通するようになり、薬物依存症者が急激に増加した。ヤバは主にミャンマー北東部のシャン州などで製造される覚醒剤の錠剤で、ロヒンギャの居住地域だった西部ラカイン州などを経由して、難民キャンプのあるバングラデシュ側の国境エリアから全土に広がっている。価格が1錠数ドルと非常に安価なことから、依存症者の半数近くが25歳以下の若年層だ。
ミャンマーは東南アジアの麻薬の一大生産地「黄金の三角地帯」の一角を成し、1950~90年代には主にアヘンやヘロインを生産していた。現在は「クリスタル・メス」などの俗称で知られる強力な覚醒剤やヤバを大量に製造している。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)の東南アジア・大洋州地域事務所でプログラム・オフィサーを務めるインシック・シムによれば、ミャンマー産の覚醒剤はタイ、マレーシアなどを経由して日本にも流入しているという。2019年、静岡県と熊本県の沿岸で合わせて約1.6トンの覚醒剤が押収されたが、シムはこれもミャンマーから東南アジア経由で密輸されたクリスタル・メスだと推測する。
ヤバを扱う密売組織の活動は、コロナ禍でも停滞することなく、むしろ活発になっている。薬物依存症者の治療や啓発活動を行う地元NGOノンゴールのラシェド・ディダルル(40)事務局長は、ロックダウンによる自宅待機で暇になった若者や、症状が悪化した依存症者が増えたことにより、麻薬の需要が高騰したと話す。外に出られなければ麻薬の入手も困難になりそうなものだが、ロックダウン中でも密売人は電話一本で指定の場所まで届けてくれる。中には注文せずとも、毎月一定量を宅配するサービスを提供する組織もあるそうだ。
ロックダウンの中、警察に見つからずに麻薬を運ぶため、密売組織も工夫に余念がない。車両の使用や市街地のルートが人目につく場合、彼らはジャングルや山中を徒歩で抜けるという。また、コックスバザール周辺の取り締まりが厳格化していることから、国境線が長く、検問が少ないインド側の国境を越える新たなルートも誕生しているとディダルルは話す。「密売組織は非常に賢く、商売の戦略にたけている。コロナ禍でも利益を増大しようと、新たな密輸ルートを開拓している」
こうした麻薬取引の末端で運び屋を担うのが、地元の貧困層やロヒンギャ難民だ。
ロヒンギャの一部は母国ミャンマーにいた頃から、バングラデシュ国境までの運び屋として地元の密売組織に雇われていた。バングラデシュに避難してからは、国境沿いの受け渡しだけでなく、キャンプに運び込まれた麻薬をバスやリキシャを乗り継いで、都市部へ搬送する仕事も請け負う。広大で迷路のようなキャンプは、密売組織にとって格好の麻薬の隠し場所だ。ディダルルは「ロヒンギャ難民が来てから、キャンプに大量の薬物が保管されるようになった」と話す。
ロヒンギャが避難してきた17年以降、バングラデシュでは麻薬犯罪が急増している。DNCは18年に約5300万錠のヤバが押収されたと報告しているが、実際には2億5000万~3億錠が国内に出回っているとする推計もある。
麻薬犯罪に関わる人の多くが依存症者で、検問で警戒されない女性や子供が運び屋に利用されるケースも多い。また、ヤバは性産業にも広く出回っており、難民キャンプでセックスワーカーをしているロヒンギャ女性(27)によれば、薬物を服用して客と性行為をした場合は400タカ(約500円)と、通常より料金が上がるのだという。
「超法規的殺人」の犠牲者
だが、難民たちは浅慮で麻薬犯罪に手を染めるわけではない。
かつてミャンマー側で運び屋をしていたロヒンギャ難民の男性(29)がこの仕事を選んだのは、父母と妻、そして4人の子供を養うためだった。ラカイン州北部マウンドー郡出身の彼は、地元の少数民族ラカイン人の密売組織に雇われ、月に1~2回、多いときで10万錠ほどのヤバを運んだ。ヤバを黒いビニール袋に入れて小さな釣り船の船底に隠すと、深夜に国境沿いを流れるナフ川を1時間ほどかけて渡り、中州で待つバングラデシュ側の運び屋に引き継いだ。1回の報酬は2万ミャンマーチャット(約1500円)だった。
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