最新記事

イスラム教

「ワクチンにもハラル認証が必要」 副大統領務めるイスラム教指導者 命か宗教か、選択迫られるインドネシア

2020年9月9日(水)21時32分
大塚智彦(PanAsiaNews)

つまり個人防護具を着用した医療関係者がその服装でイスラム教の祈りをする際に通常の手順を踏まなくても可能とする事例」を例外として認めることや「医療現場での手指、手袋などを消毒するアルコール成分をどうするか」などに関する見解としてファトワを発し、イスラム教徒に対して「ガイダンス」を与えている。

医療か宗教か、政府に迫られる判断

もちろんインドネシアでは国是「多様性の中の統一」で認められているキリスト教徒、ヒンズー教徒、仏教徒に関してはこの「ファトワ」は無関係で、一刻も早い有効なワクチンの開発と投与への期待が高まっている。

しかし圧倒的多数を占めるイスラム教徒の指導的立場にあり、副大統領という要職にあるアミン副大統領の「ファトワの準備を進めよ」との発言は影響力が大きく、今後有効なワクチンが開発されてもその成分にイスラム教徒が禁忌とするものが含まれていた場合、果たして医療機関による投与の許認可が正式に得られるのかどうかが焦点となる。

保健省保健研究開発局担当者は「ウイルス対策はまだ研究段階だが、インドネシアではフェーズ3段階の臨床試験を現在実施している」としており、エリック・トヒル国営企業相は国営企業の「バイオファーマ社」が進めているワクチン開発では2020年末までに2億5000万回分のワクチンが準備できるとの見通しを明らかにしている。

官民、医療・研究機関がワクチン開発に全力を挙げている最中、イスラム教組織からの「成分によっては大多数の国民が服用、摂取できない可能性について調査開始」というニュースは、一部のイスラム教関係者からは「当然のこと」と歓迎されている一方で「コロナ感染対策という最優先課題に疑問を投げかけるもの」との見方もある。だが、圧倒的多数を占めるイスラム教徒を前に声を潜めざるをえないのが現状といえる。

ジョコ・ウィドド政権は「命に関わる医療か、宗教か」という難しい選択を今後迫られることだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


【話題の記事】
・ロシア開発のコロナワクチン「スプートニクV」、ウイルスの有害な変異促す危険性
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・パンデミック後には大規模な騒乱が起こる
・ハチに舌を刺された男性、自分の舌で窒息死


20200915issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

9月15日号(9月8日発売)は「米大統領選2020:トランプの勝算 バイデンの誤算」特集。勝敗を分けるポイントは何か。コロナ、BLM、浮動票......でトランプの再選確率を探る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は3日ぶり反発、エヌビディア決算無難通過で

ワールド

米天然ガス生産、24年は微減へ 25年は増加見通し

ワールド

ロシアが北朝鮮に対空ミサイル提供、韓国政府高官が指

ビジネス

午後3時のドルは154円後半、欧州PMIでユーロ一
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中